表紙

春雷 50


 光線がきれいに三咲の顔に当たるところを選んで、ふたりは向かい合って立ち、携帯を構えた。
 どちらもお互いの格好がおかしくて、にやけてしまった。
「なんかヘン」
「いいんだよ」
「そうやのスーツ姿ってさ」
「ん?」
「似合ってるけど、なんかそうやじゃないみたい」
 そうやの頭が縦に少し動いた。
「そうかもな。 よし、じゃ始めるよ。 こっち向いて」
 三咲の微笑が緊張で引っ込んだ。 すると眼が一段と大きく見えた。
 小さな画面の中のそうやも固くなっている様子だった。
「日本海見たの、久しぶりだ」
「私もそう。 やっぱ違う。 太平洋とは。 こっちのほうがずっと落ち着く」
「俺も」
 そうやが動き、足を踏み代えた。
「俺、みさきと暮らしたかった。 こんなふうに海の見えるところで」

 三咲の口が開いた。 二音ほど上ずった声が出た。
「私も」
「じゃ、どうして来なかった?」
 そうやの声は、大きくはならなかった。 ただ、かすれて悲痛な響きが加わった。
「ずっと待ってた。 安森神社のとこで、十時過ぎまで」

 そんな……そんなはずない! 写し写されていることを忘れて、三咲は身を乗り出した。
「だって……だって、もういないと思ったんだもの!
何人もよんしゅの崖を上っていったはずだよ! お巡りさんや漁師のおじさんが! でも、誰もいなかったって、確かにそう言ってたよ!」
「社の後ろに隠れてたんだ」
「なんで! あの人たち声が大きいから、なぜ登ってきたかわかったでしょう? どうして隠れたりなんか!」
「あそこに一人でいるのは変じゃないか。 町の子と駆け落ちしようとしてたなんて正直に言えないし。 それに、人が落ちたって騒いでたろ? 俺が落としたと勘違いされたらやばい。 俺、よそ者だから」
 なんてことだろう。 崖から舞い落ちたたった一枚の半被が、ふたりから十年の月日を奪い取ってしまったのか……?
 三咲の手から、ずるっと携帯が道に落ちて、鈍い音を立てた。



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