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春雷 49
シーズン前の海岸は人気〔ひとけ〕がなく、売店もまだ閉じていて、どこか侘しい。
手を繋いだまま、ふたりは波打ち際に立って、気まぐれな風に吹かれていた。
「ねえ」
「あ?」
「今日はそうやのバースディでしょ?」
「うん」
「でも、望み叶えてもらったの、そうやじゃなくて私だよね」
「……ああ」
三咲は、下げていたバッグから携帯を半分引き出して見た。 十一時三十一分だった。
「まだ三十分近く、今日が残ってるよ。 私にしてほしいこと、なんかない? ケータイでおバカ写真撮るとか、そうやのことずっとヨイショしまくるとか」
二十秒ぐらい、そうやは押し黙って海の彼方を見つめていた。
それから、ごそごそとポケットを探って、自分の黒い携帯を取り出した。
「これ動画が撮れるんだ。 それで」
にわかに眼が真剣になった。
「もうちょっと明るいところへ行って、俺と昔話してるところ撮らしてもらっていい?」
不思議な頼みだった。 少なくとも三咲にはそう思えた。
「なんか……それってインタビュー受けてるみたいにならない?」
「なるかな。 でもいいじゃん。 公開するわけじゃないから」
女は今に生き、男は過去を忘れないという。 そうやにとって十年前は、一番自由でのびのびした日々だったのだろう。 なつかしい青春を語り合いたい、形に残しておきたいというそうやの気持ちは、三咲にも充分理解できるものだった。
「じゃ、私もそうや写しちゃおうかな」
「いいよ。 両方で撮りっこしよう」
ふたりはそれぞれの携帯を握り、街灯のある道のほうへ引き返していった。
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