表紙

春雷 48


 最初に見つけたので入ることにしたドライブインは、深夜0時までの営業時間だった。
 これならゆっくり食べられる。 三咲は担々麺を、そうやは鶏唐揚げ丼を取った。
 遠慮なしにパクパク食べていた三咲は、向かい合う相手も豪快に口に運んでいるので、空腹は二人とも同じだったことを悟った。
「そうやも食欲すごいね」
 箸を休めずに、彼は淡々と答えた。
「午前十時から食ってない」
 三咲はびっくりした。
「お昼抜いたの?」
 空になった丼を置くと、そうやはしかめ面になった。
「打ち合わせだって呼ばれた先で、びっくりパーティーやられた。 急に照明落として、スポットライトがパーッとついて、クラッカーとかシャンパンとかボンボン抜いて。
 好意なんだかゴマすりだかわかんないけど、わざわざやってくれたから三十分は我慢したが、笑顔を作ってたらこの辺が引きつってきちゃってさ。 それで、急な仕事ができたって、トンズラ」
 今日は特別な日、という理由が、ようやく三咲にもぴんと来た。
「四月十八日って、そうやの誕生日?」
 そうやは黙ってうなずいた。
 三咲はゆっくり箸を置いた。 大勢の人間に囲まれていても、本当に心を許せる友はいないらしいそうや。 その彼が、昔を知っている学生時代の彼女と、ふっとドライブに出かけたくなった気持ちは、わかる気がした。
 眼を上げて、三咲はわざとあっさりした口調で言った。
「お誕生日おめでと」
「ありがと」
、そうやは微笑んだ。 無防備な、ちょっと寂しげな表情に見えた。


 深夜の浜は静かだった。 夏は有名な海水浴場になる場所で、夜目にも白い砂がなだらかな曲線を描いて海に続き、遠くに松林が柔らかい影を落としていた。
 車から降りて砂の上に踏み出したとき、潮の香りがふわっと鼻孔を刺激して、三咲は反射的に目をつぶった。 長い間思い出すまいとしていた、短い恋の日々が、たまらない懐かしさでよみがえってきた。
 隣りに並んだそうやが同じ気持ちだったかはわからない。 だが、手が伸びて三咲の手とつながったのは事実だった。
 指をしっかりからませたまま、ふたりは無言で海を目指して歩いた。



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