表紙

春雷 46


 三咲は気を遣いながら、それでもいくらかそっけなく答えた。
「ええ」
 嘘だった。
 するとそうやは、また意外なことを言った。
「やっぱり変わんない。 俺さ」
 そこでちょっと息を継いで、自分に言い聞かせるように続けた。
「俺が田上だと言っても態度変えない女の子と、ずっと話してみたかったんだ」
 それから、ちょこんと付け加えた。
「特に今日」
「今日中に、何かあるの?」
「こっちのことだけどね」
 なんで話してみたいなんて言うのよ、と三咲は思った。 なんでそんな、口説き文句みたいなことを……。
「あれからすぐ、長栄一座を辞めたんだね」
「うん、迎えが来たから」
 迎え? 三咲は落ち着かない気持ちになった。
「じゃ、そうやは円満退団?」
「まあね。 引き止められたけど。 気が変わったらいつでも戻ってこいと言われた」
 あのとき劇団を離れた若者は三人。 二人は喧嘩別れで、一人は惜しまれて去っていったと聞いた。
 動悸を押えながら、三咲は訊いてみた。
「不思議だね。 そうやがどこへ行ったか、全然噂にならなかった。 也中口〔やなくち〕ではけっこう世間話が華やかなんだけど」
「じいさんが手を回したんだ。 跡継ぎの孫が流れ歩きの芸人だったなんて知られたくなくて」
 声が荒れてきた。 そうやを迎えに行かせたのは祖父で、彼とはあまりうまく行っていない感じだった。
 ざらっとした声は、なおも続いた。
「アメリカの西海岸に留学させられてさ、戻ってきても、前に何やってたか絶対しゃべるなって口止め。 マスコミにも近づくなって。 それは助かるけど」
 そうやは役者だったときも、しゃしゃり出るタイプではなかった。 華はあるのに、控えめに見えた。
 そのあたりで、三咲は迷った。 彼の態度が珍しくハイになっているように感じられた。
「そうや、酔ってる?」
「いや」
 きっぱり否定された。
「俺、絶対酔っ払い運転はしないんだ」


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