表紙

春雷 44


 翌日は、前の晩お疲れ様ということで、花を運んだ四人は午後出勤の特典をもらった。
 太陽が真上近くから照らしてくる街を歩いていると、車道をスマートな外車が通り抜けていった。 大型のオープンカーで、運転席に薄めのサングラスをした若い女性が一人だけ乗っていた。
 その後ろ姿を見送っているうちに、複雑な気持ちになった。 そうやを迎えに来た豪華な外車って、ああいう車だったのだろうか。

 夕方になって、携帯に電話が入った。 メールが来るのはよくあるが、勤務時間中に直接かけてくるのは珍しい。 名前を見ると、やっぱり母だった。
「すいません」
 小阪にことわって廊下の端に行き、通話ボタンを押した。 とたんに陽気な声が流れ出た。
「もしもし、三咲?」
 反動で、三咲はいっそう声を落とした。
「うん、なに?」
「あのね、さっきあんたに電話かかってきたのよ。 ええと」
 メモの紙をかさかさ開く音がした。
「松枝〔まつえ〕っていう男の人」
 三咲は危うく飛び上がりかけた。
「誰だって……?」
「やっぱり怪しい奴?」
 母は勝手に一人合点して、電話を切ろうとした。
「じゃ、いいのよ。 仕事中ごめん」
「違う違う! ねえちょっと!」
 三咲は携帯にしがみついて口をくっつけ、必死でわめいた。
「用件言ってよ! なに? 何て言ってた?」
 あまりの剣幕に驚いたらしく、母は溜め息をついた。
「怒鳴らないでよ。 まだ耳は遠くないんだから。
 ええとね、電話くれって。 090の××の……」
「速い! もういっぺん!」
 三咲はすっかり度を失っていた。



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