表紙

春雷 43


「知り合いって言っても……」
 三咲が口ごもると、ジャンパーの青年はすぐうなずき返した。
「ですよね。 専務は昔舞台に出てたんだから、ファンはいっぱいいるよね」
 ファン……足をかけて転ばされた気がした。 誰も傍にはいないのに。

 花材をすべて運び込んで、梱包を片づけて外に出るまで、その言葉は三咲の頭にこびりついて、ひらめくたびに心が沈んだ。 そうやはあのジャンパーさん、吉峰と呼ばれていた男性に、三咲のことをそう話したのか。

 どやどやと車に乗り込むと、杉町が座席を直してどしんと座り、大声を出した。
「フワーイ! 疲れたけど、仕事したって感じ」
 店長が受け取りをペラペラさせながら乗ってきて、嬉しげに言った。
「これからもよろしくお願いしますってさ。 あのビルの花は任せてくれるらしい」
「ヤッターマン!」
 杉町が古ネタで騒いだ。 苦笑した藤崎が、運転席からさりげなく声をかけた。
「これって三咲ちゃんのおかげですよね」
 すぐに店長と杉町の視線が助手席の三咲に集まった。 どきまぎしている三咲を見て、店長は不思議そうに問い返した。
「そうなの?」
「吉峰係長がさ、そんなこと言ってましたよ。 三咲ちゃんが昔、専務のファンだったとか」
「逆じゃないの〜?」
 杉町が鼻声を出した。

 その後くわしく訊かれたが、三咲は言葉を濁してはぐらかしてしまった。
「訊くんなら私じゃなく、その吉峰さんって係長に訊いてくださいよ」
「専務……専務ってさ、俺が最初入ったとき吉峰さんに指示してた、若い人かな」
 不意に思いついたらしく、藤崎が口を挟んだ。
「女の人が迎えにきてて、すごい上等な外車に乗って帰ってったよ」



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