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春雷 34
物事にはいろんな節目がある。 高三になって、そろそろ進路を決めなければいけない一学期半ばに、父が転勤すると言い出した。
「八王子の工場に行かないかって誘われてるんだよ。 八王子なら、国分寺のおばあちゃんの家から通える。 一人でそろそろ心細いから、家を直して俺たちと住みたいらしいんだ」
母は明らかに乗り気ではなかった。 娘にも反対してくれることを期待しているらしかった。
だが、三咲は拍子抜けするほどあっけなく言った。
「行く。 国分寺のおばあちゃん好きだもの」
結局、三咲が卒業するまで母と子は也中口に残り、父は母親の家を二世帯住宅に改造して、春に迎えに来ることと決まった。
あまり遊ばなくなった分、三咲はこつこつと勉強して、東京郊外の私立大学に受かった。 本命だったので、父母は飛び上がって喜び、わざわざ三人で冬休み中のキャンパスに出向いて記念写真を撮った。
アルバムの一頁目に貼られた写真の中の三咲は、口元をほころばせているが、眼はまったく笑っていない。 女優スマイルのようだと、引き伸ばした父に言われた。
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「うっ」
不意に増美が前のめりになって口を押えた。 三咲はあわててバッグを探り、ポリ袋を出して増美に押しつけた。
「これ」
「あ、サンキ……おえっ」
後はおきまりの状態。 自分も合コンでちょっと飲みすぎたから、つられて気持ち悪くなったらいけないと、三咲は友達を並木の根元に残して、横移動した。
そこはジーンズショップの前だった。 暗めのショーウインドウの中には三角形の台がいくつか置いてあり、ベルトつきのジーンズが無造作に見せかけて細心の注意を払った配置で引っかかっていた。
普段の仕事場ではいつもジーンズだ。 メイクも最小限。 だから興味がわかなくて、すぐに目をそらそうとした。
そのとき、突然辺りが光に包まれた。 不意に青白いサーチライトで照らされたようで、三咲は目がくらんだ。
何分の一秒かで光線は消えてしまった。 稲妻だ、と三咲は直感し、寒気をおぼえてじりじりと店の方に身を寄せた。
今でも三咲は、雷が怖かった。
まだ音は聞こえない。 だが、雲は確実に近づいていた。 次に眩い光が路面を照らし出したとき、三咲は左手で目を庇うようにして、ショップに逃げこんだ。
それを待っていたように、水滴が落ちてきた。 たよりない足取りで陳列棚を回り、見ているふりをしていた三咲は、ビンテージとかいうその値段の高さに驚いた。
赤い髪の店員が何本か商品を抱えて歩いてきた。 三咲はまったく買う気がなく、雨宿りのためだけに店に入ったので、視線を合わせないように顔をそらした。 すると、目が奥に下がった鏡に向いた。
細長い鏡面に、松枝が映っていた。
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