表紙

春雷 33


 薄暗くなってから、母が心配して探し回り、七時半過ぎに浜へ出てきて、三咲を見つけた。
「まあ、あんた何してるの!」
 道路から駆け下りてきた母に、干した網を片づけていた漁師の一人が声をかけた。
「ショック受けちまってるんだよ。 飛び込みがあったかもしれないんで」
「飛び込み?」
 七時まで踊りの練習に打ち込んでいた母は、何も聞いていなかった。 漁師は大きい身振りで説明した。
「見た奴がはっきりしねえんだ。 落ちてきたのははっぴだけだったかも、なんて言い出して、あやふやになっちまって」
「はっぴの持ち主を調べれば?」
と、実用的な母はすぐ言った。 漁師はちょっと頭をかいて、崖を見あげた。
「それがまた、旅役者の連中の誰かで……たまたま今日興行が終わってさ、列車とトラックと二手に分かれて出発した後でさ。
 まあ明日になりゃ、なんかわかるんじゃねえの?」
「そうなの」
 町の住人ではないと聞いて、母の関心はすっかり薄れた。 そして、ふざけて三咲の背中をドンと叩いた。
「ほれ、しっかりしなさい。 つぶれた遺体を見たとか言うんなら別だけど、見つかってないんでしょ? そんなことぐらいで青くなってたら、人生強く生きてけないよ」
 肩をぐっと抱いて強引に連れ去られて行く間、三咲は生まれて初めて母を憎んだ。 無神経に笑い、つぶれた……などと軽やかに口にする母を。


 漁師の予想は当たった。 崖下の地形は複雑で、水の流れが速く、岩の隙間に吸い込まれたら二度と水面には現れない。 それに、そもそも身投げがあったかどうかさえよくわからないため、警察の調べは通り一遍に終わり、ほとんど噂にさえならなかった。
 それでも一応、警察は長栄一座に問い合わせを行なった。 しばらくして電話に出た座長は、若いのが三人辞めて出ていったが、そのうち二人は喧嘩別れだからどこへ行ったかわからないと答えた。

 夏の間中、三咲は静かだった。 にぎやかというほどではなくても、けっこう明るい子だったのに、まるで火を吹き消した蝋燭のように、白くてなんとなく冷たく、謎めいた性格に変わっていった。
 そのせいか、大倉の態度も変化した。 もう人目につくほど三咲を追いかけることはなくなり、二学期の終わりには新しいGFを作った。
 それは、久富牧穂だった。



表紙 目次文頭前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送