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春雷 30
翌日の日曜日は、久しぶりに親子三人でM市へ行った。 映画を見てから中華飯店でコース料理を食べ、ハンディカラオケで歌いながら車で帰ってきた。
三咲は結婚六年目でできた一人っ子で、両親には文句なく大事にされていた。 さばさばした母と、自称『娘が趣味』の父。 どちらの愛し方も快く、家庭は居心地のいい場所だった。
だから、水曜日によんしゅの崖に呼び出されたとき、あんなに戸惑ってしまったのかもしれない。 三咲の心はまだ、女の部分より子供の領域のほうが大きい体積を占めていた。
その日の松枝は、初めから普段と違っていた。 落ち着きがなく、目が鋭く光っていて、人を寄せ付けない雰囲気がただよっていた。
初め彼は、黙って坂道を登った。 珍しく三咲が追いつけないほどの速度を出していて、さっさと角を曲がってしまうので、白けた三咲は途中で引き返そうかと思ったほどだった。
だが、社が見えてくると、不意に松枝の足が鈍った。 そして、たどり着く十メートルほど手前で不意に立ち止まり、三咲が追いついてくるのを待った。
意地を張って、三咲はわざとのんびり歩き、なかなか松枝に近づこうとしなかった。
「暑いからね、急がないよ」
松枝はまだ無言だった。 その目は三咲の頭を越えて、下に細長く伸びる也中口の町並みを見やっていた。 どこか不安そうな、苛立つ目。 三咲が前に立ったとき、ようやく発した声も、かすれて落ち着きがなかった。
「みさき、俺のこと、どう思う?」
三咲は彼に掴まって、サンダルの裏についた泥をとんとんと落とした。
「どうって、好きだよ」
「どのくらい?」
愛は計れるものだろうか。 うまく答えられずにいると、松枝は続けて尋ねた。
「俺と駆け落ちできるくらい?」
突然、崖の下から一陣の突風が吹き上げて、三咲の帽子を飛ばした。 あわてて手を伸ばしたが、わずかの差で間に合わず、帽子は横の木に当たって角度を変え、急な斜面をボールのように転がり落ちていった。
「あっ」
「帽子なんかいいよ。 同じの買ってやる」
がくんと抱き止められた。 腕の骨がきしむほどの勢いだった。
耳を息が焼いた。
「行こう、俺と。 絶対後悔させないから」
周りが、目に見えて暗くなり始めた。 海の彼方に火柱が立ち、かすかな雷鳴がとどろいた。
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