表紙

春雷 24


 最後は全員が派手な衣装に着替えて、大サンバ大会となった。 いつの間にか客も総立ちになって、曲に合わせて体を動かし、手を叩いている。 微妙に演歌のリズムだが、ライブみたいで楽しいし、座ったままだと舞台が見えなくなったので、三咲も父も席を立って手拍子に加わった。

 がやがやと出ていく客たちは、まだ興奮が収まらなくて、賑やかに話し合っていた。
 望み通り、松枝と中里の団扇を買っていて、三咲は少し後から劇場を出た。 自転車置き場の横で待っていた父は、並んで歩き出しながら、驚いたように言った。
「面白かったな」
 三咲は得意になった。
「でしょう? 来てよかったと思うよね?」
「まあな。 でも、どこで話聞いたんだ? いまどきの高校生はこういう芝居好きなのか?」
「そうじゃないけど」
 松枝に口止めされているので言葉を濁して、三咲は劇場をちらっと振り返った。 松枝は彼女が来ていることに気付いていたらしい。 アンコールのとき、特別に三咲のほうへ小さく手を振ってくれた。 そのとき口元に浮かべた照れくさそうな笑顔が、今も三咲の心を熱くしていた。


 翌日からの五日間は試験休みだった。 それが終われば二日間だけ学校へ行って、いよいよ夏休みだ。 半分は予備校の講習で、残りは部活で、結構忙しい。 だが、できれば松枝と隣町に行って、初めての『遊園地デート』をしてみたかった。
 さっそく寝坊をして、十時半にあくびしながら階段を下りていくと、庭掃きをしていた母が腰に手を当てて睨んだ。
「もうタレタレ?」
「ごめーん」
「あんたも立派な家族の一員。 明日からは玄関と庭掃除、ピクの世話、買い物要員、この三つをきちっとやってもらうからね」
「うーん……買い物要員てなに?」
「おコメとかトイレットペーパー、水なんか買うときの荷物持ち。 それに、一人一つしか売ってくれないときの頭数」
「あ……」
 朝から疲れた気分になった。

 だが、もうひとつあくびしながら冷蔵庫のミルクを出しているとき、電話が鳴った。
「ひとつ、ふたつ」
 ぴたっとベルが止まった。
「うおーい」
 小声で呟くと、三咲は牛乳を一気飲みして、再び二階へ駈け上がった。
 


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