表紙

春雷 23


 高楽は五百二十席の劇場で、桟敷ではなく一階もニ階も椅子席だ。 しかし、左手に花道が備えつけられ、緞帳は繻子〔しゅす〕と歌舞伎幕の二種類あって、和洋折衷という感じだった。
 一階席の中央という上席に、父と並んで座って、三咲は胸を高鳴らせながら開幕を待った。
 観客はほぼ満員で、男女同数ぐらい。 圧倒的に中高年で、三咲たちの顔見知りも何人かいた。 だが、ミニスカの女の子や粋筋の着物姿もちらほら混じっていて、中には長栄一座のハッピを着こんでいる客も見えた。 熱心なファンらしく、まるでアイドルのように写真を入れた団扇〔うちわ〕を揃えて振りかざしている子がいる。 あれはいい、帰りに売店に寄って買っていこう、と三咲は決めた。

 最初の出し物はオリジナル時代劇だった。 親の遺した借金のかたに、街金のボスみたいな男と結婚させられそうになった娘が、男装して逃げ出して、旅がらすの男に助けられ……という、恋と人情とチャンバラのお話で、テンポが速くて結構面白かった。
 初め、三咲は松枝がどこにいるかわからなかった。 だが、追われる娘が木の陰へ入って、わずか数秒で前髪姿の若衆になって出てきたとたん、あやうく爆笑しそうになった。
――わっ、そうやじゃん! ほえー、本物の女の子だとばっかり思ってた――
 周りは誰も笑わず、やんやの拍手だった。 この早変わりは出し物のメインらしい。 男が女装するんだ、宝塚の反対だなーと思いながら目をこらしていると、三度笠を深くかぶった長身の男がさっそうと現れて、拍手が一段と大きくなった。
 そこからは立ち回りの連続だった。 悪者の手先で切られ役の一人が、上手から下手へとトンボを連続して喝采を浴びた。 あれが中里くんなんだ、と三咲は友達のような気持ちで見守った。

 旅がらすの正体は、ボスの家出した弟で、悪者の兄は前非を悔い、主役の二人が手を取り合って、劇は終わった。
 盛大な拍手と掛け声の中で、舞台は暗転し、スポットライトになって、舞踊ショーが開始された。 長身の座長が大変身して、裾を長く引いた芸者になり、それにお小姓姿の松枝と中里がからむ踊りで、始まって間もなく客席のあちこちから人が立ち上がって白いものを次々と投げるので、三咲はびっくりした。
 父が耳打ちしてきた。
「ああやって金を紙に包んで投げるのが昔からの習慣なんだ。 おひねりっていうんだよ。 でも最近じゃもっと派手で……ほら、見てごらん」
 プリントのスーツを着たおばさんが、ハワイのレイみたいな輪を持って舞台に駆けつけた。 そして遠慮なくよじ上ると、優雅に踊る座長の首にかけてしまった。
「えっ?」
「あれは、お札。 ずらっと万札だよ、たぶん」
 すごい…… 異様な熱気に、三咲は圧倒された。
 


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