表紙

春雷 19


「もう帰るわ」
 八時の時計が鳴ったとたん、真夜中だと気付いたシンデレラのように牧穂が宣言して、お開きになった。
 三人がどやどやと玄関を出ていく後から、急いでサンダルを突っかけて、大倉が三咲に呼びかけた。
「送っていくよ」
 三咲はバッグを開けて忘れ物がないか確かめていたが、牧穂にならってきっぱりと断った。
「ううん、私は坂田くんと同じ方向だから。 駅に行く牧穂を送ったげて」
 すかさず牧穂が割って入ってウインクした。
「角まで四人で行って、そこでバイバイしよう」
「そうね」
 大倉は一瞬、いまいましそうに坂田を睨んだが、すぐ気を取り直して笑顔を浮かべた。
「まあ、どっちみち歩いて五分だからな」

 微妙なやりとりに気付かなかったのは、坂田だけだった。 三咲と二人になっての帰り道、坂田は卒業したらすぐに買いたいバイクの話ばかりしていた。
 だから三咲は、適当に合の手を入れながら、まったく違うことを心に思い浮かべていた。 藍色に白いストライプの入った海面と、肩に回った長い腕と、少しザラッとした頬の感触を。

 坂道の上がり口で坂田と別れ、足を早めて昇っていると、街灯があっても薄暗い道の向こうから懐中電灯が近づいてきて、父の声がした。
「遅いなあ。 迎えに行くところだったんだぞ」
「あ、もうちょっと前に帰るつもりだったんだけどね」
 ほっとして、三咲は黒い傘をさした父めがけて走っていった。


 翌日、牧穂はなんとなく沈んでいた。 そして、昼休みに机を寄せて弁当を広げたとき、大倉が男の子たちと教室の後ろで騒いでいるのを確かめてから、ぽつりと言った。
「昨夜さ、三咲たちと別れた後ね、大倉、急に態度変えて、まっすぐ行くだけだから駅まで一人で大丈夫だよな、とか言って帰っちゃったんだよ。
 これ口止めされてるんだけど、あんまりロコツだからさ、言っちゃう」
 三咲はうまく返事ができず、黙ってランチボックスの蓋を取った。 大倉の態度が嫌だった。 親友と気まずくさせたいのか、と、腹が立った。


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