表紙

春雷 15


 間もなく、小じんまりした安森神社の前に来た。 歴史を感じさせる渋い作りで、木の柱や格子戸が風雨にさらされて黒ずんでいる。 それでも最近誰かが来たらしく、新しい榊が白い入れ物に活けられていた。
 手を合わせてお参りした後、二人は狭い縁側に腰を落ち着けた。 松枝がポケットからチョコレートバーを出して、渡してくれた。
「おやつ」
「あ、サンキュ」
 なんとなく目が合って、微笑みを交わした。 道に沿って並ぶ木々の間から、岸に急ぐ泡のような波が見える。 見慣れた景色も、こんな上から見下ろすと新鮮に思えた。
 隣り合って、足をぶらぶらさせながら食べると、遠足気分だった。
「トンボ、舞台でうまくいった?」
「うん、中里は斜めになって客席に落ちかけたけど」
「中里って、一緒に練習してた人?」
「そう。 劇団で俺より年下なの中里だけだから、弟分みたいなもんだ。 気立てのいい奴だよ」
「ふうん」
 うなずきながら、二本目のバーのホイルをむいていると、手に手が重なった。 そして、静かに顔が近づいてきた。
 だんだん相手の目や鼻がくっついてくるのは、不思議な感じだった。 じきにピントが合わなくなって、自然に瞼を閉じたくなる。 微笑みを残したまま、三咲はぎゅっと眼をつぶった。
 間もなく唇が触れた。 少し荒れて、かさついた感触。 だが、健康的な暖かさだった。
 二人とも同じ菓子を食べていたので、キスはチョコレート味がした。 ジャンパーの腕が硬い衣擦れの音を立てて、三咲の背中に回った。
 息が続かなくなって顔を離すと、夕陽が葉の間を通って松枝の頬に縞模様をつけていた。 指でその跡をたどったとき、唇と同じザラッとした感触があった。
「疲れてる?」
 囁きに、男の低い声が重なった。
「少し」
「膝枕してあげようか」
「おっ……うれしいけど、ほんとに寝ちゃうよ。 せっかく会えたのにもったいない」
 そう言うと、松枝は再び切なげに唇を求めてきた。


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