表紙

春雷 14


 翌日は柔らかい曇り空だった。 帰るとき友達についてこられると困るから、三咲は珍しく自転車で登校した。
 普段は許可がないとやってはいけないのだが、試験前後は特例で許された。 六限の現国が終わるとすぐに、三咲は大急ぎで裏門近くの自転車置き場に飛んでいった。
 ゴミ箱を運んでいた牧穂が気付いて、手を振って声を上げた。
「三分待ってー。 一緒に帰ろう!」
 もうペダルに体重をぐっとかけて、三咲は叫び返した。
「ごめん! 母ちゃんに買い物頼まれてるんだ! また明日ねー」

 大きくカーブを取って曲がると、そびえ立つよんしゅの崖のすぐ下に出た。 そこからは北にうねうねと曲がる坂道が続く。 自転車からストンと降りて、三咲は車体を押しながら上へ向かった。
 やがて、濃く繁るコナラや松の木が道の右側を覆って、天然の衝立のように三咲の姿を隠してくれた。 崖の中腹にあるお宮には、もう後少しだった。
 そのとき、一本道を下り降りてくる姿が目に留まった。 松枝だった。 青いジャンパーを着ている。 チャックを開けたままの前から覗く白いTシャツが、不思議なほどすがすがしい感じだった。
 たちまち三咲の顔に笑いがはじけた。
「先に来てた?」
 松枝も微笑んで、三咲に並ぶと自転車を受け取るようにして押し始めた。
「今四時二十分」
「早く着いたね」
「うん」
「雨でなくてよかった」
「そうだね」
 ふたりは自転車をはさんで、肩を触れ合うようにして歩いていた。 やがて松枝の顔が動き、そっと三咲の額に頬をつけた。
 三咲の足が止まった。 そして、自転車越しに体を寄せ、松枝の肩に頭を置いた。
「今日は雷、落ちないよね」
 松枝は低く笑い、腕を伸ばして三咲の肩に巻くと、また歩き出した。
「落ちても木が受け止めてくれるさ。 邪魔なんかさせない」
 そうだよね――三咲には、動くたびにキュッキュッと音のするジャンパーの袖が、自分をほっかりと包んでくれる暖かい巣に思われた。


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