表紙

春雷 13


 土曜日は雨がぱらついていたので、家でまじめに試験勉強したが、日曜は朝からカラッと晴れて何とも気持ちのいい日で、どうしても外に行きたくなった。
 参考書を買うと言って、三咲は自転車で出た。 わざと遠回りして高楽の前を通ったが、まだ入口は閉ざされていて、松枝の姿も見られなかった。
 二日も会えない――気持ちがシュンとしぼんだ。 明日の待ち合わせ、本当に来てくれるんだろうかと不安になった。

 本屋のおじさんが腰を曲げてシャッターを上げていた。
「こんちはー」
 派手にブレーキをかけて挨拶すると、田辺のおじさんはニヤッとしてVサインを出した。
「花夢の増刊号、入っとるよ。 持ってくか?」
「へえ、もう?」
 試験中だけど、読みたい。 三咲はさっそく受け取って、前かごに入れた。
 もう参考書はどうでもよくなった。 早く帰ろうとして、風を切って浜辺の道路をこいでいると、おそろいのハッピを来た若い男が二人、砂の上でトンボ(=バック転)の練習をしているのが視野に入ってきた。
 あ……
 眼をこらして見つめると、その一人は間違いなく松枝だった。 とたんに頬が燃えるように熱くなった。 幸せな気分が押し寄せてきた。
「そうや〜!」
 ペダルの上に立ち上がって道をすべり降りながら、三咲は精一杯叫んだ。 離れた浜の端にいた松枝は、ハッとした様子で見回し、すぐに自転車に気付いて大きな笑顔になった。
「みさき!」
 浜へ降りる階段の上でブレーキをかけ、三咲は陽気に尋ねた。
「練習中?」
 松枝は大股で歩み寄ってきた。
「うん。 コンクリだと足を痛めるからね。 砂は沈むからいい」
 もう一人の、きゃしゃな若者が声をかけてきた。
「友達?」
 ふたりは声を揃えて答えた。
「そう!」
 それから三咲は自転車の向きを変え、そっと言い残した。
「稽古の邪魔になるから帰るね。 明日、よんしゅの崖で」
「四時半だね」
 三咲は大きくうなずき、手を振ってまた走り出した。 胸が風船のように空気で一杯になって、今にも空へ飛んでいきそうだった。


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