表紙

春雷 11


 その日は試験前の最後の部活だった。 小橋先生が『アメリカン・ポスト』と『誰かが恋してる』をアレンジした曲に新しい振り付けをして、部員に披露する日だったので、みんな楽しみにしていた。 しかし……
「わるい! この二小節目の切り返しがどうしてもうまくはまらないのよ。 だから部分練習だけにしよう」
「えー」
 十五人の部員が一斉にブーイングして、先生は頭を掻いた。
「ほんとごめん」
「試験終わったら採点があるから、また遅れるでしょう? 秋の大会に間に合うかな」
 部長の赤木里子〔あかぎ りこ〕は不安そうに顔をしかめた。 真面目で熱心な里子は、姉の永子〔えいこ〕がバトン部の創立メンバーの一人なので、絶対に守るんだと必要以上に頑張っていた。

 三咲はそこまで熱意はなかった。 どうせ県大会に出たって順位は下から数えたほうが早い。 仲間とわいわいやっていられればいいだけだから、それに今はバトンよりずっと興味ある対象が出てきたから、ステップの練習も上の空だった。
「まったく、三咲って要領だけはいいんだから」
 学校からの帰り道、自転車を押して歩きながら、里子はぶつぶつ言った。
「小橋にプレッシャーかけなきゃ駄目じゃない。 あの先生大酒飲みなんだから、いつでもいいですよーなんてこっちが言うと、ほんとに夜は居酒屋ハシゴして回って、振り付けなんかまるまる忘れちゃうよ」
「じゃさ、試験中ときどき職員室に行って、ジト目で無言の圧力かけよう。 窓の外からずらっと並んで見るなんての、どう?」
「ギャラリーかい、わしらは? 試験期間中だ、とっとと帰れーって大窪に言われるのがオチだよ」
「じゃ、PTAから言ってもらおうか? そのほうが効くんじゃない?」
 突然、男の声が割り込んできた。 赤木はぎょっとして首を曲げ、後ろを確かめたが、三咲はすぐ正体がわかったので、まっすぐ前を見たままだった。
 大倉久士〔おおくら ひさし〕は歩幅を伸ばして三咲の横に並び、気さくな調子で続けた。
「振り付けが遅れて、夏休み中ずっと猛特訓なんてダサイだろ」
「そうそう、間に合わなくなっちゃう。 まだ初期練習に入ったばかりなんだもん」
 三咲を間に挟んで、大倉と里子が勝手に話していた。


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