表紙

春雷 10


「来週はね、試験前一週間になるから、部活が休みなんだ。 放課後はずっと空き時間」
「空き時間って、それ、試験勉強する時間だろ?」
 そう言って、松枝は笑った。 目じりに皺が寄って、胸がほっこりするほど優しく見えた。
「いいのいいの。 本気でやるのは三日前ぐらいからだからさ。 ね、どこで会う?」
「うん……あの崖は? ほら、小さな神社があるところ」
「よんしゅの崖?」
「そう呼ぶの?」
「うん。 昔事件があって、男の人が四人死んだんだって。 だから四ん衆の崖」
「それで神社をまつってあるのか」
 高い崖の中腹を、松枝はじっと見つめた。
「縁起悪い?」
「別にそんなことはないよ。 何百年も前の話だもの。 なんか知らないけど、あの安森神社、今では縁結びの神様ってことになってるんだよ」
「へえ、不思議だな」
 心を決めて、松枝はもう一度言った。
「やっぱあそこで会わない? きれいな木が生えてて、景色がよさそうだ」
「うん、いいよ。 何時に?」
「四時半」
 松枝がひっそりと去って行く後ろ姿を、しばらく三咲は眼で追っていた。 心の奥に小さな芽が出て、みるみる伸びていくような気がした。


 翌日は、十日後にせまったテストの時間割発表が行なわれた。
「英文法と国ニが同じ日だ! ウッ」
「日本史三日目だよ。 死ぬ」
「というより、投げるんだろ?」
「華麗にスルーします」
「単位どうするよ」
 あちこちに呻き声が広がる中、すぐ前に座っている大倉が体をねじって、三咲に訊いてきた。
「あのさ、伊井崎〔いいざき〕が今度も予想問題作るっていうんだけどさ、一緒にやらない?」
 話しかけられた三咲よりも、斜め前の久富牧穂〔ひさとみ まきほ〕が身を乗り出した。
「伊井崎ってあのD組の優等生? 進光進学塾でいつも三番以内っていう人でしょ? どこが出やすいか絶対知ってるよね。
 ねえねえ、私も行く。 いいでしょう?」
「いいよ」
 大倉はにこやかに答えた。 牧穂は三咲の親友だから、彼女を招けば三咲も来る。 本命を狙うならまず脇を固めて……というわけだった。
 気は進まなかったが、付き合いだから三咲も承知した。
「じゃ、集まろうか。 いつ?」
「火曜か水曜。 ずっと勉強会やるってのもいいかも」
「いいじゃん!」
 牧穂はすっかり乗り気になっていた。 もしかしたらハンサムな大倉に惹かれているのかもしれなかった。
「集まるとさあ、結局しゃべりになっちゃって勉強はかどらないんじゃないの?」
 横から坂田〔さかた〕が口を出してきた。 ちょっと理屈っぽいが、憎めない長い顔の男子だ。 三咲は大倉よりむしろ坂田のほうが話しやすかった。
 それで、何気なく誘ってみた。
「じゃさ、ダラダラにならないよう、坂ヤンが仕切るってのは?」
「え? 俺も行くの?」
 まんざらでもない様子で、坂田が顔を崩した。


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