表紙

春雷 6


 三咲の足がピタッと止まった。 波の響きに合わせるように、胸がドドッと間を詰めて鳴った。
 係留船の横から現れたのは、確かに松枝のジャンパー姿だった。 ズボンの裾が濡れて黒ずんでいる。 白いビニール傘が光って、沖にかすむ漁り火のように見えた。
 待っててくれたんだ!――重い足取りが一度に空気より軽くなった。 遠足に行く子供みたいに、三咲は傘を振りながら浜へ駆け下りていった。

 はあはあ言いながら前で立ち止まると、松枝はちょっとはにかんだ微笑を浮かべた。
「どしゃ降りになっちゃったね」
「うん」
 でもいいさ、と三咲は思った。 雨のせいで人通りがほとんどない。 ふたりだけの世界だ。 えっと、そんな歌、昔なかったっけ?
 湿った砂を踏んで歩き出すと、横なぐりの雨がカーテンとなって、よんしゅの崖の方へなびいていった。 海の遠い彼方で閃光が走った。 雲の盛り上がり方から見て、間もなく雷がこの辺りにも襲ってきそうだった。
「海の家へ行こう!」
 小走りになりながら、三咲は提案した。
「海の家?」
「うん、まだ開いてないから誰もいない。 雨宿りにちょうどいい」
「どっち?」
「あっち」
 小さく地鳴りが伝わってきた。 雷が追ってきている。 二人は笑いながら浜を突っ切って走り、『海の家・ヒライ』と横看板をつけた木造家屋に着いた。
 前面はきちんと戸締まりされていた。 三咲は松枝の袖を引っ張って横に回り、くぐり戸の横木を外して開いた。
「入って。 毎年バイトしてるから大丈夫だよ。 平井のお父さん、怒らないよ」
 松枝がうなずくと、水滴が散った。 ふたりとも髪までしっかり濡れていた。

 勝手知った他人の家で、三咲はとんとんと畳の間に上がり、引出しからタオルを出してきて松枝に渡した。
「拭いて。 後で私が洗っとくから」
「悪いな」
 松枝はごしごしと頭から拭きにかかった。 若者らしい大きな仕草で、見ていて気持ちがよかった。


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