表紙

春雷 4


 細長い花壇の横で、三咲は立ち止まった。 パンジーがちょうど終わり、ニチニチソウに植え替えられたばかりで、まだところどころ黒い用土が見えている。 後一ヶ月ぐらいすればこんもりと拡がり、可憐なピンクや白の花を散りばめるはずだった。
 細い上り坂を指差して、三咲は告げた。
「うちはこっちへ行くの。 松枝さんは?」
「俺は……高楽〔こうらく〕劇場へ舞台稽古に行かないと」
「ああ! 高楽でやるのね!」
 三咲の目が嬉しそうにまたたいた。 高楽劇場なら知っている。 古い瓦葺の芝居小屋で、歴史を感じさせる門構えだ。 隣りにパチンコ屋ができて騒がしくなってしまったのが玉に瑕だが、そのために客足が多くなったという利点もあった。
「な、覗きに……」
「ね、稽古見に……」
 同時に話しかけてしまって、二人はくすくす笑い出した。
「先に言って」
「そっちからどうぞ」
 咳払いすると、松枝は言葉を続けた。
「稽古は厳しいから、あんまり見られたくないんだけど、もし芝居に興味あるなら券あげるよ」
 三咲はちょっと口ごもった。 芝居小屋でやるような劇は、若い子には少々ダサい。 三咲が興味あるのは芝居ではなくて、松枝その人だった。
「うん……ただで貰っちゃ悪いから。 このチラシは貰っていい?」
「いいよ。 くばるもんだし」
「近所のおじさんで任侠大好きって人がいるんだ。 ピーアールしとくよ」
「ピーアールか」
 少し黙った後、松江はぽつっと提案した。
「また世間話したいけど、嫌?」
 胸がふわっと波立ったので、三咲は自分に驚いた。
「嫌じゃないよ、全然」
「俺さ、渡り歩くから、普通の子が普通にどうやって暮らしてるかよく知らないんだ。 山西さんの学校ライフ、聞くの面白くって」
「学校ライフか……」
 楽しいことばかりじゃないけどね、と思いながらも、大人に混じって働いている松枝から見れば、のんびりしてうらやましい日々なんじゃないかと、妙に気が咎めた。


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