表紙

 お志津 151 苦肉の策で



「もうかかわってほしくなかったんです!」
 母の咲も、すでに限界に達していたらしく、別人のように鋭く言い返した。
「あちらが勝手に縁切りしたのに今更」
 その瞬間、敦盛が居住まいを正すと、両手をついて深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした! 父の不徳で峰山様ご一家にご心痛をおかけして、何とお詫びしたらいいか」
 義春は苦りきった顔で敦盛の後頭部を眺めた。 敦盛に非がないのは、誰の目にも明らかだ。 彼にこれ以上当たるわけにはいかなかった。
「君を責めても意味がない。 それより、これからのことを話し合おう」
「あなた!」
 咲が振り絞るような声を出した。 それは、夢のような婚礼が幻となって消えていくことへの嘆きと恐れの声だった。
 黙って話を聞いていた名木は、ようやく義春と視線を合わせて、おだやかに言った。
「本来わたしが言う立場ではありませんが、円満に収めるためには縁組を二つ執り行うしかないようですね」
 義春は腕を深く組み、うーんと一声唸ってから、大きくうなずいた。
「先生はやはり立派な方だ。 近在の人望はとどまるところを知らんでしょうな。 この家に留まっていただけるなら、このあたりの四つの村と二つの町は、総力を挙げて先生を応援しますぞ」
「やがて甲羅をへた亀になったら、政治家に立候補しますか」
 そう冗談を言って、名木はさわやかな笑顔を見せた。


 残る問題は、招待客にどうやって説明するかだ。 結局、うちしおれていた咲が一番現実的なところを見せて、村長の作治をそっと呼びにやった。
 作治はすぐ飛んできた。 広い邸内だから客はひとりも敦盛の出現に気づかず、花嫁の気分が悪くなったのか、さては鬼の霍乱〔かくらん〕か、などと勝手なことを言い合って、じりじりと待っていたのだという。
 作治は、学生時代に村に滞在した敦盛のことを見知っていた。 だからいきなり彼が現れて挨拶すると、目玉が飛び出しそうになった。
「す……鈴鹿くんか? 君、生きてたんか!」
 作治村長は悟りがいい。 固く手を握り合っている志津と敦盛を見たとたん、婚礼が泡と消えたのを悟り、がっくりと廊下の壁に寄りかかった。
 そんな彼だが、後から現れた名木と義春が養子縁組の話を告げると、水に戻された魚のようにたちまち蘇った。
「そうかそうか! ありがたいことだ。 不幸中の幸い……いや、鈴鹿くんが生還したことを不幸と言うとるわけじゃないよ。 ただ我々としては、名木先生に何としても留まっていただきたくてな」








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