表紙

 お志津 149 志津の決断



 敦盛は反射的に、膝から崩れ落ちて覆いかぶさる形になった志津を両手で抱きとめた。 志津の耳元で息が囁いた。
「同情しなくていい。 よく考えるんだ。 おれは志津ちゃんを手に入れたら、絶対に放さないぞ」
 それこそが志津の聞きたかった言葉だった。 こんなめちゃくちゃな事態になって、どちらに転んでも不義理の嵐になる状況で、志津が頼りにできるのは、どちらが本気で傍にいてくれるかという、ただその一点だけだった。
 志津は敦盛の首筋に顔を埋め、おいおいと泣き始めた。 額に火傷の痕がこすれて赤くなったが、気にもしなかった。
「嵐の晩にも来たでしょう? 幽霊かと思ったんだから。 お化けでもいい、探しに行こうとしたんだから……!」
 敦盛は震える息を吸い込み、手を上げてゆっくり志津の髪を撫でた。
「あのとき、もう少しで声をかけるところだった。 父上が呼び戻さなければ」
「志津」
 母が最後の努力をして呼びかけた。 だが名木が静かにさえぎった。
「これが天命です。 彼は立派に戦って生還した。 お二人の絆に、わたしの入り込む余地はありません」
 その冷静な言葉に、霜が降りそうだった部屋の空気が、ふっとやわらいだ。 義春は太い溜息をついて頭を下げた。
「何と言ったらいいか。 名木先生のお立場をわきまえず、こんな破目になってしまったことを、心からお詫びします」
「私が出ていきます」
 いきなり顔を上げて、志津が言った。 咲はあっけに取られて娘をまじまじと見つめた。
「え?」
「もう先生に合わせる顔がありません。 いつも本当によくしてくださったのに、たかだか小娘一人のことで恥をこうむらせては一生の後悔の元です。 先生のような立派な方がこの家を、ひいてはこの地方一帯をひきいてくださったら、志津は二度とこの家に戻れなくてもかまいません。 陰ながらご成功を祈らせていただきます」
 咲は娘の覚悟を聞いて、座布団から飛び上がりそうになった。
「志津!」
「ないがしろにされるぞ」
 父が鋭い声で言った。
「鈴鹿の家はおまえを快く迎えてはくれまい」
「いいえ!」
 突然、敦盛が別人のように力強い声を出した。
「邪魔をしていたのは父だけです。 その父は家を捨てました。 今会社を切り盛りしているのは僕で、何とか昔の軌道に乗ってきたところなんです」
 これには父と母だけでなく、志津も驚きすぎて言葉を失った。







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