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お志津
143 いよいよ式
善は急げとばかり、挙式は早くも十二月三日の吉日と決まった。 志津は冬休みになってから婚礼をしたほうが学校の決まりもいいし、生徒たちを招待できるかもしれないと言ってみたが、聞き入れられなかった。
「まず式だ。 細かいことは後からついてくる。 心配しなさんな」
叔父の村長は気軽に請け合い、さっさと祝い酒を仕入れに出かけた。
峰山家では、みんな落ち着いていた。 敦盛が復員してきたらすぐ式を挙げる予定だったから、結婚衣装から何からすべて揃っている。 新しく仕立てた着物や布団の入った長持を、鈴鹿の家に送る前でよかった、と、咲はもう誰はばかることなく話していた。
だから、志津には特にしなければならないことがなかった。 急に学校をやめたので、時間が余ってしょうがない。 前のように子供達と遊びたくても、外に出るとすぐ大人連中に呼び止められて、祝いの言葉や冷やかしで息が詰まりそうになる。 仕方なく、母の話し相手をたっぷりした後は、もうきれいに片付いた部屋をまた整理しなおしたり、庭に出てポチと遊んだりした。
ポチはずいぶん大きくなった。 思ったよりりりしい顔立ちになってきたし、頭もいい。 もう小さいときのようにやたらとじゃれるのではなく、家族と他人の区別がつくようになって、知らない人間にはしっかり警戒して二声ほど吠え、あとは伏せて攻撃の姿勢をとるという、なかなか立派な番犬になっていた。
ポチはすぐ名木を覚え、彼が仕事を終えて峰山家を訪ねてくると、尻尾を振って歓迎した。 律儀な名木は毎日一度はやってきて、義春と咲に挨拶し、志津と語った。 教育に寄せる夢、これからの働き方、そして今後峰山家に住むことになったときの打ち合わせなどを。
志津は峰山から名木に苗字が変わるが、実態は名木が養子に入るような形を取った。 今は新庄〔しんじょう〕という地主の家の離れに下宿している名木だが、そこに花嫁を連れていくわけにはいかないし、そんな必要もない。 志津にはこの辺りでもっとも由緒正しく立派な屋敷があるのだから。
結婚が決まって吹っきれたのか、最近の名木は以前より明るく、はきはきとよく話すようになった。 だから志津は彼と話していると楽しかった。 これなら一緒になってもうまく折り合いを付けていけるにちがいない。 燃えるような想いはなくても、幸せといえるかもしれなかった。
やがて、あれよあれよという間に式の当日がやってきた。 普通なら美しく着飾った花嫁は仲人に手を引かれて家を離れ、馬に揺られて婚家に嫁ぐのが村のしきたりだ。 でも実家から動かない志津は、昼食をしっかり食べてから悠々と着替えをした。 なぜなら、村特有のしきたりはもう一つあって、暗くならないと式が始められないからだ。
その理由は、披露宴にあった。 三々九度をくみかわした後、陽気に祝宴が繰り広げられ、酒飲み合戦が始まる。 花婿花嫁が座敷から消えた後も酒宴は延々と続き、ついには出席者のほぼ全員が飲みつぶれるまで続くのだった。
「朝の光が射すまで盃を手から離さん。 それが村の男の意気ってもんだ」
村長からしてこれだから、後の連中がただ酒を楽しみにするのは当然だった。
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