表紙

 お志津 119 新しい職場



 どこかでゆっくり話したいということで、志津と叔父は村に一軒だけのだんご屋へ寄って外の縁台に腰かけ、みたらし団子を注文した。
「実はな、鼎〔かなえ〕高等小学校の名木〔なぎ〕校長に頼まれたんだが、あそこの子供たちをちょいと教えてやってくれんかね?」
 突然降ってわいた話に、志津はだんごの串を持ったまま目を丸くした。
「鼎小学校の?」
 村長は大きくうなずいた。
「お志津ちゃんは高等女学校の教師をしていたわけだから、格落ちで申し訳ないとは思うんだが、鼎小も男先生を二人戦争に取られてな、やりくりが大変なんだよ。 半年でも手伝ってもらえればどんなに助かるか」
 叔父の大きな眼が真剣に訴えかけてくる。 志津はふと、胸にうれしさがこみあげてくるのを感じた。
 鼎高等小学校は、ここ高木村と隣の崎戸〔さきど〕村、横川村の子供達が通う上級の小学校だ。 生徒たちには志津の顔見知りが多い。 また子供たちのにぎやかな声が聞けて、しかも歩いて職場に行ける! これなら母を寂しがらせることもないだろう。
「はい、喜んで!」
 言ってしまった後で、志津は急いで付け加えた。
「両親に話してみます。 たぶん許してくれると思います」
 作治村長はすっかりにこにこ顔になった。 面倒見がよい彼は、口ききが大好きなのだ。 うまくいった後は食欲も増して、三本のだんごのうち二本をどかっと平らげると、志津の肩をぽんぽんと叩いて感謝した。
「ありがとうよ。 なに、義春は賛成するにきまっとる。 あいつも子供好きだし、なんといっても娘自慢だからな。 あんたがさっそうと袴姿で学校へ通うようになったら、きっと鼻高々だよ」


 買い物の袋を提げて家へ帰り、叔父の提案を話すと、母はすぐ賛成してくれた。
「いいお話じゃないの。 お国の役にも立つし。 私はもう大丈夫よ。 午後にはちゃんとうちに戻ってきてくれるんだし」
 書斎で原稿書きに奮闘していた父も、夕食のときに話を聞いて、二つ返事で認めた。
「こりゃ生徒たちが喜びそうだな。 名木校長もいいところに目をつけたものだ」


 どうやら校長自身もそう思ったらしい。 感触がいいと村長に聞かされて、さっそく翌日に確かめに来た。
 午前中に義春が散歩を兼ねて村を横切り、村長の家へ承諾の返事をしに行った少し後、峰山家の門先に一人の紳士が現れた。 裏口で漬物の手入れをしていたお蓉は目を上げて、その紳士を認めたとたん急いで腰を伸ばし、髪をなでつけながら小走りに出迎えた。
「おいでなさいませ」
 男性は浅黒い顔をほころばせて軽く会釈し、よく通る声で尋ねた。
「面倒をかけます。 こちらの峰山家に志津というお嬢さんがおいでですか?」
「はい」
 ぽっと顔を赤らめて、お蓉はうきうきと返事した。 小麦色の肌で引き締まった顔立ちの美男子は、お蓉の一番の好みだった。







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