表紙

 お志津 115 再生の日々



 郡家の不始末で村は騒がしくなったが、志津は逆にしゃきっとなって、気力を取り戻した。 親が責任を被って懸命に動いているのに、自分の悲しみまで押しつけるわけにはいかない。 不幸中の幸いで義春夫妻の評判は大変よく、誠実なので同情して力を貸してくれる有力者も現れ、次第に混乱は収まってきた。
 それでも峰山家が無傷とはいかなかった。 耕していた郡家の畑を急に奪われた小作人たちを、無慈悲に追い払うことはできない。 新しい持ち主が半分は引き受けてくれたが、残りの半分は他の親戚たちとともに峰山家が引き取って、山すその新田の開発をやってもらうことにした。
 まだ落ち着かないうちに、志津の短い正月休みはあっという間に過ぎてしまった。 咲は娘を気遣い、無理に働かずに家へ戻ってきたら? と勧めた。 しかし志津は寮に戻るとがんばった。
「向こうで学生たちと忙しくしていれば気がまぎれます。 それにたとえ雀の涙でも、給料が入ればお父様に負担をかけずにすむし。 甲斐介おじさまは道を踏み外してしまって、もうやけになっているでしょうから、まだまだ借金が増えるかもしれない」
 衝撃で咲は顔をくしゃくしゃにした。
「縁起の悪いことを言わないで。 ともかくあの夫婦がこれからお金を借りまくったとしても、もう私達一族には関係ありません。 それは警察の人にも認めてもらいました。 だからあなたが心配することはないのよ」
「私はお父様とお母様が心配」
 そう言って、志津は母の手をぎゅっと握った。
「寒い中を出歩いて、風邪を引かないでくださいね。 私にはお二人しかいないんですから」
 深刻な表情をしていた咲は、その言葉を聞いて思わず笑みをこぼした。
「それは私たち親のセリフですよ。 志津、あなたこそ体に気をつけるんですよ。 うちの跡取りはあなたしかいない。 大事な大事な一人娘なんだから」
 一瞬、志津の頬に影が差した。 それでもすぐ明るい目になって、志津は母の手を強く振ってから離した。
「はい、お母様。 それでは行ってきます。 春に戻るときには、きっと元気になっていますからね」


 他の用事もあるとかで、父がいつものように志津を学校まで送っていった。 こういうご時勢だから新聞小説にも戦争色が加わり、勇ましい話が得意な義春は連載が世に受けて引っ張りだこだった。
 行きがけの汽車の中で、義春がぽつりと訊いた。
「鈴鹿のほうから便りが来たかね?」
 志津は何とか普通の声で答えた。
「いいえ、あれから何も」
 義春は短く息を吐き、強い調子で言った。
「不義理な人間というのは、どうしようもないな。 あれだけ失礼なことをしたんだ。 こっちから挨拶する義理はない。 何度も言うようだが、おまえには何の落ち度もないからな。 胸を張って、これから先のことを考えなさい」
「はい」
 それができればどんなに楽だろう、と胸の中で呟きながら、志津は口ではきっぱりと返事をした。


 学校に着くと、驚くほど歓迎された。 教師たちは、敦盛を失った志津が気力をなくして、もう戻ってこないのではないかと心配していたらしい。 父子の姿を見るなりワッと寄ってきた同僚と先輩を見て、志津は心が温かくなった。 必要としてもらえるのは、本当に嬉しいものだ。 父が微苦笑を浮かべて去った後、若い先生たちに囲まれて賑やかに話を交わしながら、志津は久しぶりに明るい気分で、教員寮に向かった。







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