表紙

 お志津 114 事後の処理



 甲斐介と珠江夫妻は、先祖から伝わる家具や書画骨董まですべて売り払って、屋敷をすっからかんにして姿を消していた。 明らかに計画的な夜逃げで、しかもだいぶ前から準備していた様子だった。
 翌日、半日かけてがらんとした郡邸の屋内を見てまわった義春は、怒りに青ざめて家に帰ってきた。
「きっと逃げる先もちゃんと準備していたんだろう。 探しても簡単には見つかるまいな」
「やはり後始末は全部あなたにおっかぶせるつもりですね」
 咲は溜息をつき、疲れた顔の夫に尋ねた。
「借金取りはまだいましたか?」
「いや。 この寒さだし、もう本人たちが家にいないのがわかったらしく、今日は誰の姿もなかった。 ただし午後になったら念のため、またやってくるかも」
「故郷に後足で泥をかけるような真似をして。 もう二度とこの村には顔を出せないでしょう」
「万が一もどってきたら、わたしが追い出してやる」
 普段は明るくひょうきんなぐらいの義春の口から、珍しく激しい言葉がついて出た。


 やがて、更に義春が激怒する事態になった。 その日は誰も訪れなかったが、次の日には峰山家に角袖〔かくそで:四角い袖の和服の外套〕姿の男が二人やってきて上がりこみ、義春としばらく話をしていった。 志津が茶を運んでいくと、二人は愛想よく礼を言ったが、言葉つきとはうらはらに妙に目が鋭く、油断のない顔をしていた。
 後でわかったことだが、その二人は都内から来た刑事だった。 なんと甲斐介は昔の学校友達を騙して、百五十円もの金をかすめ取っていったという。 詐欺にかけられた男が、別の人間に詐欺の罠をかけたのだ。
 地方なら三百円で家が建つといわれている。 志津の給料から考えれば、月に七円六十銭で女性としては高く、警察官の初任給と同じぐらいだが、百五十円稼ぐにはおよそ二年働かなければならない計算だった。
「信じられない……」
 後で夫から事情を聞いた咲は頭を抱えた。 前からの借金に加えて犯罪の弁償まで背負わされるのか。
 しかし義春はきっぱりと言った。
「いや、詐欺の償いをする気はない。 ここまでやるとはもう親戚でも何でもない。 他の親族にはかって義絶することになるだろう」
「そうですよね。 もう縁を切るしかない」
 無言で両親の会話を聞いていた志津は、たまらない思いで畳の目を見つめていた。 もともとお人よしで世間をあまり知らない甲斐介が、警察からうまく逃げ切れるとは思えない。 目立つ家族もいるのだし、捕まるのは時間の問題だろう。


 こうして志津の冬休みは散々だった。 義春は失望を隠してきびきびと事の処理に当たり、まず郡家の畑を売りに出した。 不幸中の幸いで、水田は抵当に入っていたものの、畑のほうはまだ手付かずだった。
 地味のいい畑だったため、地続きの農家が名乗りを上げて、借金の半分が返せる当てがついた。 伝統のある屋敷のほうは、隣村の成金が欲しがった。 由緒ある旧家の立派な屋敷に住んで、殿様気分を味わいたいのだろう。 義春にとってはいい話だったが、親戚たちは嘆いた。 もとは雲助まがいの駕籠かきだったワルが鉄を売って戦時にぼろ儲けし、大きな顔をして我が村に乗り込んでくるとは、世も末だと。








表紙 目次 文頭 前頁 次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送