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お志津
111 悲嘆の極み
茫然〔ぼうぜん〕としたまま、志津は学校に帰り着いた。 いつも気丈で元気な彼女とは思えない落ち込みように、まず寮で隣部屋の先生が気づき、他の同僚たちも駆けつけて、最後には校長先生までが部屋を訪れた。 それだけ好かれていたということだし、また志津の活気が戦時下の校内をいかに明るくしていたかという証明でもあった。
初め、志津はなかなか口を開けなかった。 敦盛が戦死したと声に出してしまえば、そこで彼を完全に失うような思いが強くて、できなかったのだ。
そのうち、正岡という歴史の教師が訳を察して、小声で尋ねた。
「まちがっていたら本当に申し訳ないけれど、もしかして許婚の方が……?」
とたんに志津はバネ仕掛けのように飛び上がった。 そして、いつも敦盛からの手紙を読む窓辺に近づくと、いきなり号泣した。
堰を切ってあふれ出す涙におぼれているうちに、正岡と行平桜〔ゆきひら さくら〕の両教師が志津を挟むようにして抱き寄せてくれた。 そして、いつもは気位が高く、しゃきっとした島崎その子先生までが、志津の手をしっかり握って共に涙ぐんだ。
泣いてよかったのだった。 いつまでもこらえていたら、深い悲しみにむしばまれて体の具合まで悪くなったかもしれない。
翌朝、げっそりやつれて朝食も喉に通らない志津を見て、校長は決断した。 冬休みまではまだ四日あるが、忌引きとしてここは実家に帰ったほうがいいと。 いつもの志津なら少々気分が悪くても頑張って残るところだが、さすがに今回は無理だった。 校長の判断に感謝して父に電報を打ち、ひっそりと荷物をまとめて迎えを待った。
父の義春は、すぐ駆けつけてきた。 薄情なことに、家のほうには鈴鹿家から何の知らせもなく、敦盛の戦死はまさに寝耳に水だったという。
「がっかりしたな、鈴鹿の連中には。 早めの志願は、そもそも鈴鹿氏の発案だろう? 自分の計画がうまくいかなかったからといって、おまえに責任をなすりつけるとはどういう了見だ」
温厚な父が珍しく激怒している声を、志津は遠くに聞いた。 昨日の午後から、何を話しかけられても実感がない。 金魚鉢に入れられてガラス越しに周りを見聞きしているようで、反応どころか意味を取るのも難しかった。
家に帰りついた後も、放心状態は続いた。 母は目の下に隈を作った志津を見たとたんに、お若に命じて布団を敷かせ、すぐ休むようにと言った。 話は後でもできる、まず心身の疲れを取るようにと。
しかし横たわっていても、焼けるような苦しみは鎮まるどころか、じわじわと大きくなるばかりだった。 志津はすぐ起き出して文机の引き出しを開き、積み重なった敦盛からの手紙の束を胸に抱いて、赤子のように揺すった。 そして、泣き疲れた声で呟いた。
「ねえ、約束したでしょう? 絶対に生きて戻ってくるって、あんなに明るく言っていたじゃない?」
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