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お志津
108 怖い知らせ
十二月半ば、志津の不安は最悪に近い形で現実となった。 敦盛の妹である綾野から志津の勤め先の学校に涙でにじんだ手紙が届き、兄が旅順の戦いで行方不明になったと記してあった。
行方不明…… その言葉が目に飛び込んできた瞬間、志津は他のことを何一つ考えられなくなった。 やがて奇妙なことに、乾いた笑いがこみあげてきた。 こんな……こんなバカな話があるものか。 あんなに大きくて存在感のある人が、どこかの丘の麓で消えてしまうなんて。
気がつくと、窓辺にくたっと座っていた。 ガラス窓をいつの間にか開いていて、刺すような北風が吹き込んでいる。 やがて頬が冷え切って感覚がうすれたが、むしろ嬉しかった。 旅順は緯度でいうと秋田ぐらいの位置にある。 吹きさらしの野辺で戦う兵士たちは、さぞ寒かったことだろう。
短い日はすでに暮れかけて、赤い太陽が校舎の向こうに没しようとしていた。 校庭を横切る女子学生たちの弾んだ声が、上階の志津の耳まで届いてきた。 みんな若くて幸せなのだ。 自分も大して年上ではないのに、志津は身も心も縮んだような気がして、不意に老いさえ感じた。
だが、半時間もぼんやりうずくまっている内に、反動が来た。 行方が知れないからって、死んだとはかぎらない。 どの軍隊でも激しく攻撃されれば散り散りになるかもしれない。 知らない土地で道に迷うこともあるだろう。 負傷して誰かに助けられることも。
負傷、と考えただけで、胃が痛くなった。 でも懸命に自分を励ました。 体が大きいんだもの。 絶対見つかりやすいはずだ。 まだ望みはある。 きっとある!
志津は寮を飛び出して本館に行き、電話室に入った。 そして交換手に横浜の鈴鹿邸の番号を告げた。 綾野には学校の電話番号を知らせていないので、これが初めての連絡だった。
電話に出たのは、きびきびした声音の若い男性で、志津が名前を告げると申し訳なさそうに言った。
「若専務の許婚の方ですね。 申し訳ございませんが社長は東京方面へ出ております。 若専務のその後の消息を調べに、昨日出かけまして。 帰りはいつになると、ちょっとわからないのですが」
「では奥様か綾野さんはいらっしゃいますか?」
必死で尋ねると、秘書らしい若者は声を落とした。
「奥様は心労で伏せっておいでです。 お嬢さんがずっと付き添っていて、先ほど仮眠を取ったところで」
向こうは大変な事態になっているらしい。 下には小さな男の子もいるし、年端の行かない綾野の肩には重過ぎる。 志津はすぐ決心した。
「お勤めご苦労様でございます。 これからすぐ、そちらへ伺います」
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