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お志津
100 想いは熱く
休みになると、二人の距離はむしろ離れてしまう。 志津は東京の西に帰り、敦盛は横浜へ戻るからだ。 それでますます、ひっきりなしに手紙が行き交った。
そして桜は散り、若葉が次第に色濃さを増した五月半ば、志津は心臓が痛くなる手紙を受け取った。
『大事な志津さんへ
僕は今年で二一になりました。 国が天下の大事となっている今の時期に、兵役の義務をおこたるつもりはありません。 家の跡継ぎではありますが、弟もいます。
かといって、やはりできれば命を捧げたくはないのです。 やりたい仕事が山積みですし、なにより僕にはあなたがいるのですから。 それで親と相談して、特例制度で志願することにしました』
志願……!
まるで木槌で殴られたように、志津は動けなくなった。 教員寮の自室の窓辺に座り、夢中で読んでいた手が、衝撃で冷たくなった。
『中等学校以上の卒業生は、みずから志願すると一年間の兵役ですむそうです。 普通は三年ですから、ずいぶん短くなります。 それに、いやいや徴兵されるより志願したほうが待遇がいいと聞きました。
この戦争は早くは終わらないでしょう。 露西亜は強力な陸海軍を持ち、最新装備をそなえています。 むしろ今の時点で、日本は思ったよりいい戦いをしていると外国人たちが驚いているほどで、奴らは露西亜が勝つと信じ込んでいるのです。 総力戦でそのうち兵の数が足りなくなれば、僕のような跡継ぎでも必ず招集されます。 だから先手を打つしかないと思いました。
六月三日が卒業式です。 それから家へ戻り、間もなく出征の運びとなるでしょう。 その前に、君に会いたい。 そちらの学校も学期末で忙しいでしょうが、日曜日の午後にでも時間がつくれませんか。 僕はどこにでも行きます。 君に逢えるなら』
文面の途中から、あなたが君に変わっていた。 感情が燃え上がり、思慕が吹き出してきたのだ。 志津も気持ちが高ぶってじっと座っていられず、立ち上がって壁によりかかると額を押し付けた。
学校の敷地内は静かだが、街に出ると空気はたけだけしかった。 みな戦果に躍りあがると思えば、戦艦が沈められたと聞いて落ち込む。 戦死者や戦傷者の名前が公表される新聞に、留守家族が群がった。
私ももうじきその一員になる。 大好きな教員の仕事だが、今は辞めたいと思った。 花嫁修業の身なら自由に会える。 いや、いっそ婚礼を早めて妻になってしまいたい。
志津は胸を手で抱いて、大きく目を見開いた。
そうだ、逢ったら敦盛さんにそう言おう。 さしせまった時期だからほんの形だけの式でいい。 あなたの本当の家族になりたいと!
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