表紙

 お志津 91 子煩悩な親



 敦盛の両親も、志津を大変気に入った様子だった。 それに家の建物が立派だし、暮らし向きも裕福で、由緒正しい名主の家系だ。 鐘や太鼓で探してもこれ以上の嫁は見つからないだろうと思われるほど好条件で、鈴鹿夫妻はすっかり満足して、辺りが暗くなりかけた午後四時ごろ、円満に暇を告げようとした。
 峰山夫妻は、急いで引き止めた。
「まだ来られたばかりではありませんか。 どうか夕飯を共にして、今晩はお泊りねがえませんか?」
「今から横浜へお帰りになるのは大変でしょう。 もっとお知り合いになりたいですし、敦盛さんのお話など聞かせていただけたら楽しいかと」
 義春と咲に盛んに勧められて、鈴鹿夫妻は顔を見合わせ、嬉しそうに承諾した。
「それではお言葉に甘えて、お邪魔させていただきます」


 翌日は少し北風が強かったものの、幸い晴れだった。 午前中、父親たちと咲夫人が和やかに話し合っている間に、志津は徳子夫人を案内して村の呉服屋に行った。
「この服には短い上着がついているんですけど、出かけるときバタバタして忘れてしまったの。 粗忽〔そこつ:うっかり者〕なんですよね、私。 だから何か羽織るものを買わないと」
「立派なお洋服でいらっしゃいますね」
 志津が改まって言うと、玄関でせっせと面倒な編み上げ靴を履いていた徳子が顔を上げて、目で笑った。
「きちきちでねえ。 窮屈袋とはうまいことを言ったものだわ。 異人さんにお呼ばれするとき、これを着ていくと話が弾むので、お出かけはこればっかり。 私は背が高くて顔もごつごつしているでしょう? だから異国の人に親しみを持たれるらしいの。 あんまり嬉しくないわ」
 切れのいい語り口が耳に快く、志津は店につくまでずっと未来の義母に話しかけて、返事を楽しみにした。 小さな店なので毛織の地味な肩掛けしか売っていなかったが、徳子は角巻きに似た大きな四角形のものを見つけ、三角に折ってふわりと羽織って、喜んで帰路に就いた。


 義春が改めて人力車を呼び、客二人は昼前に横浜へ戻っていった。 縁談は完全にまとまり、次は峰山家が揃って鈴鹿家を訪問する手筈も整えた。
「下の子たちがお嬢様にお会いするのを楽しみにしておりましてね。 楽器がお上手だとか」
 志津はあわてた。 家では琴をかじっただけだし、学校では……。
「あの、オルガンなら少し弾けますが、大したものでは」
 女学校の上級でオルガンは必修だった。 地方出身の女子は、故郷に戻って小学校の先生をすることが多かったからだ。  そこで修吾がしかめ面をしてみせた。
「うちにはピアノが置いてあるんですわ。 あいにくなことに。 下手の横好きで娘が使うもので、もううるさいの何の。 オルガンのほうが柔らかな音でいいですなあ」
「あの楽器は広い場所で使うものですね。 ご近所迷惑なので、店から引っ越して、離れたところに家を作らなきゃならなかったんですよ」
 徳子夫人も苦笑しながら説明した。 二人とも子供がかわいくて、したいようにさせているらしかった。







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