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 お志津 88 正式申込み



 いっそ雪でも降っていればよかったのだが、あいにく関東の冬は晴れが多い。 真っ青な空の下、たちまち物見高い野次馬がわらわらと集まり、子供たちが走り回って、けっこうな騒ぎになった。
 敦盛の親たちはそんな状況に慣れているらしく、気にも留めないでにこにこしながら、峰山家の正面玄関に入った。 徳子などは、小さな女の子の「わあ、きれい」という言葉が耳に届くと、わざわざ振り向いて手を振ったりした。
 玄関先で出迎えた咲は、明らかに動揺していた。 大晦日に整えた髪は既に結いなおして、きちんと収まっているし、着物も新調した晴れ着で上等だ。 いかにも大家の奥様の気品があるのだが、訪れてきた未来の親戚がこう派手だと圧倒されてしまい、挨拶の言葉もとどこおりがちだった。  その点、義春は落ち着いていた。 都内にはもっと奇天烈〔きてれつ〕で、今風にいうとハイカラな格好をした目立ちたがりがいくらもいる。 慣れていた。
 主人夫妻を目にすると、敦盛の父は真新しい山高帽を脱いで、粋に一礼した。
「やあやあ初めまして。 鈴鹿誠吾〔すずか せいご〕と申します。 これは家内の徳子で」
「ようこそおいでくださいました。 峰山志津の父、義春です」
「母の咲でございます」
 淑やかに挨拶する咲夫人をきらきらした眼で見つめながら、徳子は小腰をかがめ、見かけからは想像できない低く優しい声で言った。
「敦盛の母の徳子です。 お忙しいところをお邪魔しまして」  その話し方で、ふっと空気がなごんだ。 しゃっきりした歯切れのいい口調には、下町育ちの親しみやすさが感じられた。


 座敷に上がってもらって、その印象は一段と強くなった。 高価そうなマントを脱いだはいいが、日本家屋の暖房は火鉢だけだ。 茶の間にはこたつがあるが、客間にはそれもない。 徳子がほっそりした肩を震わせるのを見て、すぐ咲がお蓉に頼んで、自室から肩掛けを持ってこさせた。 すると徳子は恐縮した様子で、咲だけでなくお蓉にもねんごろに礼を言った。
「お気遣いありがとうございます。 そちらのお女中さんも使いだてしてすみませんねえ」
 ズボンの膝を引き上げて正座した誠吾は、入れたての湯のみを前に、すぐ用件に入った。
「この度は、長男の敦盛との縁組を承知してくださって、まことにありがとうございます」
 義春もすぐ応じた。
「こちらこそご厚情に預かりまして、光栄に思っています。 至らない娘ですが、どうかご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「それで、お嬢様は?」
「近くの親戚を訪ねておりまして。 もう戻ってくると思いますけれど」
 そう言って、咲が気遣わしげに茶箪笥の上に置かれた時計に視線を走らせた。


 三日になれば敦盛の両親が来るかもしれないと、志津にもわかっていた。 だからできれば外出したくなかったのだが、松治郎が尋常小学校を卒業し、今年から高等小学生になるので、ぜひ制服姿を見てほしいし記念写真にも参加してくれと本人に頼まれ、行かないわけにはいかなかったのだ。







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