表紙

 お志津 85 晴れて共に



 昼食は和気藹々〔わきあいあい〕と進んだ。 敦盛は聞き上手で、志津の両親のどちらにもよく耳を傾けるので、二人はいい気分になって話題が尽きず、久しぶりに賑やかな食卓になった。
 ご機嫌な父は、まだ日が高いというのに、もらってきたばかりの白梅錦を開けて、未来の婿に勧めた。
「飲む価値のある酒だそうだ。 君もいける口なんだろう?」
「はい、いただきます」
 妙な遠慮はせず、敦盛は喜んで盃を受け取った。 めでたい席だからと、母の咲も飲むことにした。
 志津は三人を見比べて、にこにこしていた。 兄が世を去って以来、食事がこんなに活気に包まれたことはなかった。 伸び伸びと大きく、包容力のある敦盛は、婿として頼もしいにちがいない。 鈴鹿家の長男だから、いずれ横浜で貿易業を継ぐのだろうが、彼なら妻の実家をおろそかにするとは思えないと、義春も咲も感じていた。


「年が明けたら、すぐうちの親がお伺いすると思います。 今日は快く受け入れてくださり、本当にありがとうございました」
 玄関まで見送りに出た義春と咲の夫妻に、敦盛は輝く顔でもう一度礼を述べた。 傍らには頬を染めた志津が並んでいた。 先ほどまで止んでいた雪がまたちらついていたが、どうしても村まで送っていきたかったのだ。


 番傘を借りて、敦盛は外に出た。 人家の前の道は雪かきされていたものの、畑になるとまだ手が回らず、白い雪の上に二本歯の下駄やべったりした草履の跡が、そこここに残されていた。
もう三時を過ぎ、寒さが増していた。 見渡す限り、人影はどこにもない。 だから二人は遠慮なく、一つの傘で肩を寄せ合って歩いた。
「ねえ敦盛さん」
「うん?」
「ほんとは今日、申し込むつもりじゃなかったんでしょう?」
 そう志津が尋ねると、敦盛は大きなマントの下から腕を出し、不意に抱き寄せた。
 そして、決意を秘めた声で言い切った。
「いや、機会があったら一日でも早く言おうと決めていた。 志津さんと牛込で会ったときから、ずっと」
 肩に回った暖かい腕と決然とした言葉に、志津はのぼせるほど熱くなった。
「でも、ずいぶん久しぶりに逢ったのに」
「逢ったとたんにわかったんだ。 やはり君ほど一緒にいて落ち着く人はいない。 前にそう思ったのは勘違いじゃなかった」
 腕にいくらか力が篭もった。
「だから他の男に取られる前に、なんとしても約束したかった」
 それからふと思い当たって、敦盛は体を曲げ、真剣に志津の眼を覗きこんだ。
「手紙の返事に、ご好意はありがたいけどやはりお断りします、なんて書いていないよね? とても楽しみで、これから学校に寄って受け取るつもりなんだが、読んでがっくりなんてことは?」
 志津は笑い出し、頭を横にして肩の上の腕に頬を重ねた。
「まさか。 二日間苦心を重ねて、気持ちが伝わるよう必死で書いたのよ。 あなたのように達筆でも上手でもないけど、精一杯心を込めたんだから。 どうか読んで笑わないでね」
 敦盛は白い息を深く吐き、マントをかかげて肩掛けごと恋人をくるみこんだ。
「笑うもんか! 絶対感激する。 ずっと大切にするよ」








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