表紙

 お志津 84 許しを待つ



 お兄ちゃんに優しい人は、みんな好き。
 物心ついたときから、志津は常にそう思っていた。 だから敦盛の密かな行動を聞いて、更に彼が愛おしくなった。 もう胸一杯に愛しているのに、これ以上夢中になったら破裂しそうだ。
「じゃあ、お父様も敦盛さんを嫌いじゃないんですね?」
 期待をみなぎらせて見つめる娘を、義春は少し眩〔まぶ〕しそうに見返した。
「そうだな、頼もしい青年だと思っているよ。 体の大きさだけでなく」
「また背が伸びて、六尺豊かな大男になってしまいました」
「そうか。 もうそろそろ止まるだろう」
 父の顔に微笑が浮かぶのを見て、志津は確信した。 お父様は申し込みを受けてくださる。 たとえ峰山家にとってこの縁談があまり良い条件ではなくとも、結婚を認めてくれるにちがいない。


 志津を伴って義春が座敷へ入っていくと、ひとり座って物思いにふけっていた様子の敦盛は、すぐ姿勢を正して深く頭を下げた。
「鈴鹿敦盛です。 三年前にお世話になりました。 お留守中、勝手に上がりこんで申し訳ありません」
「いや、よくおいでになった」
 義春は、社交辞令でない穏やかな口調で応じた。
「話のあらましは娘から聞いたところです。 ついては二人で話し合いたい。 昼食までに後少しあるようだから、わたしの部屋のほうへ来てくれるかね?」
「はい」
 素早く立ち上がりながら、敦盛は不安を隠せない様子で志津に視線をやった。 志津はすぐ笑顔を向けて、大丈夫、と安心させた。


 二人の話は思ったより長引いた。
 野菜の煮物はとっくにできあがり、大根と揚げの味噌汁の具も煮えた。 後は鮭を焼く頃合を見計らうだけになって、志津はそっと廊下を抜け、父の私室の様子をうかがいに行った。
 角を曲がりかけたとき、襖〔ふすま〕の開く音がした。 志津は反射的に足を止め、耳を澄ませた。 すると、まず敦盛の弾んだ声が響いてきた。
「ご厚情に感謝します。 志津さんと助け合って、地に足のついた家庭を築いていきたいと思います」
「堅実な考え方だ。 なかなか大変だがね。 できるなら、怒った志津がやたらに里帰りしないようにしてもらえると有難い」
 お父様ったら冗談なんか言って。  志津は苦笑しながらも、認めてもらえた幸せで目をうるませた。







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