表紙

 お志津 81 期待と不安



 志津が息せききって蔵に戻ると、お若は歯をがちがち言わせながら自分の体に腕を回して、手のひらで盛んに叩いて暖めようとしていた。
「すまなかったわね、お若ちゃん。 急にお客様が見えて」
 お若は目を真ん丸にした。
「お客ですか? 大晦日に?」
「ええ。 だからお蔵の掃除はいいわ。 こんな大雪になってしまったし」
「埃はもう、はたいておきました」
 嬉しげに、お若が報告した。
「ただ待ってると寒くてしかたがなかったもんですから」
「え?」
 あわてて覗いた志津の目に、きちんと整理され、積み重ねられた箱や道具類が飛び込んできた。 志津は大いに気がとがめた。
「まあ、立派ねえ、お若ちゃん。 お詫びのしるしとして、きんつばに大福餅もつけるわ。 すぐ母屋へ戻りましょう」
「はい!」
 若い二人は仔犬のように、足首あたりまで積もった雪の中を元気に走って帰った。


 台所続きの土間では、お蓉と直造、それに新しく入った下働きの若者の勝次〔かつじ〕が、かまどの周りに座って温まりながら世間話をしていた。 こんな中でお若にだけ菓子を渡すわけにはいかない。 志津はまず座敷に上がって買い置きの羊羹〔ようかん〕を出して切り分け、辛党の直造のために煎餅も付けて、土間へ持っていった。
 使用人三人と、後からそこに加わったお若は、志津がわざわざ菓子を盛って出してくれたので、恐縮するとともに喜んだ。
「まあまあ志津お嬢さん、ありがとうございます。 言ってくださったら私が用意しましたのに」
と、お蓉が言うと、直造はぺこりと志津に頭を下げた後、遠慮なく煎餅に手を出しながら催促した。
「それならお蓉さん、茶のお代わりをおくれ。 やっぱりおかきには煎茶だよ」
「あ、おれも欲しい」
 勝次もせがんだ。 すぐにお若が気をきかせて、しゅんしゅんと沸いている湯沸しから急須に茶を入れて運んだ。
 その間も志津は気もそぞろだった。 母と向き合っている敦盛がどうしているか、不安と期待で考えがまとまらない。
「そうだ、お蓉さん、お客さまにも何か持っていこうかしら」
 うれしそうに大福を二つに割っていたお蓉は、にこにこして答えた。
「来られたときに、すぐお茶をお出ししましたが」
「あ、そうよね。 じゃ、ちょっと様子を見てきます」
 志津がぎこちなく土間から上がる様子を、前からいた三人はちらちら眺めて微笑みあった。 ただ一人客人の正体を知らないお若だけが、きょとんとしていた。
「どうしたんですか? ふくみ笑いしちゃって」
 とたんにお蓉が、肘で軽く突っついた。
「訪ねてみえたのは鈴鹿さんだよ。 寛太郎坊ちゃんの学校友達の。 前から頼もしげな二枚目だったけど、三年経って一段といい男前になっていた。 お嬢さんがそわそわするのも無理ない」
「あの人は、前に来たときから志津お嬢ちゃんにホの字だったんだよな」
 直造が、当然といわんばかりに言った。 敦盛に会ったことのない勝次は、納得できない風で首をかしげた。
「どうしてわかるんかね?」
 直造は年上風を吹かせて、威張って答えた。
「そりゃわかるさ。 お嬢さんが庭で寛太郎さんと冗談を言い合っていたとき、あのお人が木陰からじっと眺めているのを見たことがあってな。 えらく辛そうな顔しとったのよ」
「へえ」
 勝次は大きな大福を狙ってかぶりついた。
「おれなら、恋敵が友達でも遠慮はせんな。 好きなものは好きじゃから」








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