表紙

 お志津 78 雪の出会い



 翌日の大晦日は、雨にはならなかった。
 代わりに明け方から雪がちらつき始め、昼ごろまでに庭がうっすらと白くなった。
 風はないが、凍てつくように寒い。 それでも母は上機嫌だった。
「小雪ですんでよかったわ。 外は直造さんが早めに済ませてくれたし、動けば体はすぐ温まるしね」
 お母様は雑巾がけしないでいいから、呑気〔のんき〕なことを言っていられるんだ、と志津は内心思ったが、口に出さないでおいた。 幸い、昨夜はあまり気温が下がらなかったので、井戸水は冷えず、女中のお蓉〔よう〕とお若はしゃきしゃきと雑巾をしぼって、拭き掃除に励んでいた。
 志津は廊下を拭き終わったお若に声をかけ、蔵の整理に取りかかった。 泥棒よけに窓が小さいため、中で埃を払うわけにはいかない。 いちいち箱類を外に出してはハタキを掛けているうちに、若くて力の強い志津でも腰が痛くなってきた。
「お若ちゃん、少し休もう」
 顔を真っ赤にして掛け軸の詰まった木箱を運び出したお若は、その言葉を聞いてホッとした顔になって、前掛けで手をはたいた。
「はい、お茶を持ってきましょうか」
「私が取ってくる。 きのう買ったきんつばがあるのよ。 一緒に食べましょう」
 甘いものが大好きなお若は、とたんに元気になった。
「わぁ、ありがとうございます!」


 あいにく、雪は急激に降る量を増していた。 風も出てきて、上空で雪を巻き込み、白い渦巻きにして地面に振りまいていた。
 蔵から家まで、庭を二度曲がって三十間(≒五五メートル)ほどある。 志津は肩掛けを頭からかぶって雪避けにして、小走りに進んでいった。
 その途中、庭と道の境になっている竹垣の向こうに、人影が現れた。 竹垣といってものんびりした村のこと、竹の棒を組んだ低い垣根というだけで、道を歩く人の姿は丸見えだった。
 志津は、ふと足を止めた。 牡丹雪が舞っているので、通行人が定かに見えるわけではない。 しかしその人影は、どきっとするほど誰かに似ていた。
 相手も不意に立ち止まった。 そして、腰の辺りにある竹のてっぺんを掴んで身を前倒しにし、雪の垂れ幕の中でも顔を確かめようとした。
「敦盛さん?」
 志津の口が無意識に動いた。 それから飛ぶように竹垣に向かって走った。 相手はまだ黒い塊のようでよくわからないが、早く確かめたくて足が勝手に動いた。
 やがて、彼がはっきり見えてきた。 横なぐりの風の中で、顔一杯に笑っていた。 いつも爽やかな人だが、こんなに嬉しそうな表情を見せたのは初めてだった。
「志津さん。 やっぱりだ」
 志津も満面の笑顔で、垣根にぶつかりそうになって止まった。
「来てくれたの?」
「うん」
 はにかんだ感じで、声が低くなった。
「今朝まで返事を待ってたんだが、まだ届かなくて、しぶしぶ帰郷しかけた。 ところが気づいたら、こっち行きの汽車に乗っていたんだ」








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