表紙

 お志津 71 なごむ三人



 それからしばらく、話が弾んだ。 男子たちは学校の寮に入っていて、最上級生としていろいろ睨みをきかせているらしかった。
 そんな彼らの寮生活を聞くと、女子寮とのあまりの違いに、さすがの志津も唖然とした。
「窓がきしんで開かなくなったから、外して蝶番〔ちょうつがい〕をつけたの?」
「うん、引き窓から開き窓にしたんだ。 でも枠ごと取っぱらったから板壁が弱くなってさ、ひさしがだんだんずれてきて、夜中に落ちたんだ。 すごい音がして皆飛び起きたよ」
 窓ごと壁から引き剥がすなんて、信じられない。 志津は爆笑したかったが、病人が寝ていることだし、肩を震わせて忍び笑いするだけでこらえた。
「敷居がきしんだら、蝋を塗るとたいてい直るんだけど」
「なるほど。 そういう手があったか」
 馬渕が真面目に感心している。 彼とは別の寮に住んでいる敦盛が、苦笑しながら付け加えた。
「こいつの寮は奇人の巣で、奇天烈〔きてれつ〕寮と呼ばれているんだ」
「いや、他の奴よりちょっと元気なのが集まっているだけだよ」
「そういえば、夜中に実験と称して火を使っていて、ぼやを出した事件もあったな」
「あれは夕方、紙風船を熱気球に見立てて、庭で飛ばしていたんだ。 ただ、七輪に残った練炭がもったいないなどと言って、部屋に持ち込んで餅を焼いた人間がいて」
「でもきれいに忘れて寝込んでしまって、餅が炭になってとうとう発火したんだよな」
 その光景が目に浮かぶようだ。 志津は二人のバカ話を聞いて、大いに楽しんだ。


 だいぶ顔色がよくなった宇乃が再び姿を見せたのは、小一時間ほど経ったときだった。
 宇乃はきちんと畳に座って、志津に頭を下げた。
「おかげさまで、休ませていただいてずいぶん元気になりました。 今、父を見てきましたが、やはり安心したのか力が戻ってきたようです。 あの分だと、二、三日で起きられるかもしれません」
 志津は胸をなでおろし、自然に声が弾んだ。
「よかった。 では大事を取って、来週一杯休学と報告しておきましょうか」
「はい、ご面倒ですが、よろしくお願いします」


 外に出ると、風はもう止んでいた。 その代わり、とっぷりと日は暮れていて月もなく、暗い空にまたたく星が縮んで見えるほと気温が下がっていた。
 門まで見送りに出た宇乃に、志津はそっと声を掛けた。
「いろいろ大変でしょうが、学校を止めないでほしいです。 あなたは優等だし人望もある。 それに身勝手ですけど、私もあなたがいないと寂しいし」
 宇乃の目に、いつもの輝きが戻った。
「私も止めたくないです。 それに父も、さっき話したら先生に感謝して、いい学校に入ったなと言ってくれましたから、止めさせる気なんかないと思います。
 先生、今日は本当にありがとうございました。 いつか恩返しさせていただきます」
 あまりに感謝されたので、志津はうろたえた。
「え? そんなに深刻に考えないで。 若輩者〔じゃくはいもの〕で、ろくに相談にも乗ってあげられませんが、お父様が直って、また学校に来てくれる日を待っています。 それではお邪魔しました」
「お大事に」
「宇乃さんも体を大切にね」
 男子二人も言葉をかけ、三人は寒い道に足を踏み出した。







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