表紙

 お志津 67 助っ人たち



 聞き覚えのある声だった。 低く、響きがよく、しかも暖かい。
 あっと思ったとき、相手が畳み掛けてきた。
「お志津ちゃんだろ? そうだよな? なんだが別人のようだけど」
 志津は空いた手で目をこすり、相手を見上げた。 まさに見上げるような高さだった。
 寒さに赤くなった頬が、一瞬でほころんだ。
「敦盛さん!」
 同時に相手も肩に入った力を抜いて、あけっぴろげな笑顔になった。
「やっぱり」
 それから左右を見渡し、不思議そうに言った。
「ここで何してる?」
 そうだ! 志津は目前の緊急事態を思い出した。
「家を探してるの、知り合いの。 紀州屋という酒屋さんを曲がったところにあるはずで」
「紀州屋?」
 きびきびした声が話に加わった。 鈴鹿敦盛〔すずか あつもり〕と同じような服装をしているので、彼の連れとわかった。
「それならあっちですよ。 前に焼酎〔しょうちゅう〕を買ったことがある」
 敦盛が、志津を安心させるように若者を紹介した。
「同級の馬渕富雄〔まぶち とみお〕だ。 下宿が近いんで、一緒に飯食いに来た」
「で、このうるわしい女性〔にょしょう〕は?」
 少し痩せぎみだが、自分もけっこう容姿端麗な馬渕は、くっきりした二重瞼の目をまたたかせて、なんだか眩しげに志津を眺めた。
 志津は閉口して、噴き出しそうになった。 うるわしいとは、お世辞にもほどがある。
「峰山志津です。 お手数ですが、もう少し詳しく教えてもらえるでしょうか?」
「よし、連れて行ってあげましょう」
 そう言うと、馬渕はいそいそと並んで歩き出した。


 五十歩ほどで、三人はなかなか立派な店構えの酒屋に到着した。 たしかに大きな升が角の一つを上にして、四角い枠の中にぶらさがっていたし、看板にも黒々と太文字で、『紀州屋』と書いてあるのが読み取れた。
 志津は胸をなでおろして、敦盛に訊いた。
「今、何時?」
 以前、敦盛は必ず懐中時計を持ち歩いていた。 案の定、彼は内懐〔うちぶところ〕から銀色の時計を取り出して蓋を開け、街灯の明かりにかざして見た。
「七時十分前だ」
「まだ間に合うわ。 早く見つかってよかった。 お二人ともありがとうございます」
 にっこりと会釈した志津が、横の小路へ入っていこうとすると、敦盛が腕に触れて引き止めた。
「その家に泊まるのか?」
 志津はきょとんとした。
「え? ちがうわ。 人を迎えに来たの。 すぐ帰らないといけないのよ」
「男かい?」
 なんでそんなことを気にするのかと思いながら、志津は答えた。
「女子よ。 私より年下の」
 横で馬渕が首を振った。
「婦女子二人で夜道を帰る? それは危ない」
「俺が送っていくよ」
 単数形で、敦盛が素早く提案した。








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