表紙

 お志津 49 嬉しい再会



 それでも一応お出かけだから、志津は少しおしゃれしていった。 藍の香りもすがすがしい浴衣〔ゆかた〕に赤い帯を締めて、長い髪は桃割れに結いあげてもらった。
 髪に巻いた手がらと同じ牡丹色の巾着〔きんちゃく〕を下げて、母に貸してもらった白い日傘を広げ、午後の日差しのもとに出ていくと、こちらもパリッと糊のきいた縞の着物と袴をまとった寛太郎が、庭掃除の手を休めた直造との雑談から顔を上げて、眩しそうに目を細めた。
「おう」
「待った?」
「いや、来たばかりだ」
 そのぶっきらぼうな返事を聞いて、下男の直造が横を向いて笑いを隠した。


 行きは気温が高いから、駅まで歩いて汽車に乗った。 その道中、雑談の合間に、志津は早めに寛太郎に約束してもらった。
「お父様がね、駅まで迎えに来てくださるの。 だから十時前に汽車に乗って戻ってきなさいって」
 寛太郎はなんとなく不満そうだったが、少し遅れてうなずいた。
「わかった。 でも十時なんて、祭りでは宵の内だぞ。 桐田の祭りは九時から奉納舞踊が始まって、真夜中まで踊りの輪が途切れないんだ」
 だが寛太郎の思惑とは反対に、志津は目を輝かせた。
「本当? よかった、奉納舞踊はちゃんと見物できるんだ」
「まあ、一応はな」
「ヒロちゃんの遊び仲間も来るだろうか。 久しぶりに逢いたい友達は、いる?」
「別に」
 そっけなく言って、寛太郎は陽気に煙を吐く陸蒸気のタラップを上がった。
 志津も軽い足取りで段に下駄を載せた。
そのとき、かんだかい声が背後で響いた。
「おねえちゃ〜ん!」


 志津は末っ子で、下にきょうだいはいない。 しかし、村中の子供と交流があって、中には志津ねえちゃんと呼ぶ子もいる。
 だから、反射的に振り返った。
 すると、短い着物にちびた下駄を履いた男の子が、麦藁帽子を大きく左右に振りながら、息せき切って走ってくるのが見えた。
 とたんに思い出した。 出会ってから一年経つが、丸顔と赤い頬と、元気な眼差しは変わっていなかった。
 志津は満面の笑顔になって、大きく手を振り返した。
「源太くん!」
 それは、帰郷のとき汽車の中で出会った行商人の一人息子だった。


 発車二分前の車両に駆け寄ると、源太は真っ赤になってぜいぜい息を弾ませながら、懸命に声を絞り出した。
「お……ねえちゃんに逢え……るかなって、父ちゃん母ちゃんと……話してたんだ。 よかった〜!」
 タラップから下りて、志津は少年の背中をさすってやった。
「大きくなったね。 ずいぶん背が伸びたねぇ」
 たしかに源太は成長していた。 前は志津の半分ぐらいしかなかったのに、わずか一年で肩に頭が届いていた。
「おねえちゃん、この久米駅で降りたでしょう? だから父ちゃんに頼んで、俺たちもここで降りて、近くを探したんだ。 でも見つからなくてさ。
 俺たち、桐田のお祭りに行くところなんだよ」
「まあ、そうなの?」
 志津は喜んだ。
「私たちもこれから行くの。 一緒に行けるね!」







表紙 目次文頭前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送