表紙

 お志津 47 兄の才気は



 帰ってみると、離れに通じる廊下は封鎖されていた。
 だが、その理由は志津が思ったこととは違っていた。
「定昌の部屋に行きたくないんじゃないの。 むしろ、気がつくといつも入りびたって、あの子の作ったものに囲まれながら、しみじみと思い出しているのよ」
 母はそう言って、ほのぼのした表情で微笑んだ。
「ただ、それでは毎日の暮らしが成り立たない。 だから思い切って、境の襖〔ふすま〕を締め切ったの。
 それでね、志津に頼みがあるの。 一番の仲良しで、誰よりも定昌のことに詳しいでしょう? 離れに棚を運ばせたから、定昌の作品を、あの子が気に入るように並べてもらえないかしら?
 峰山定昌という一人の男子が、精一杯生きた証しを、ずっとあの部屋に残しておきたいの」
 志津は畳にきちんと座り、両手を膝で握りしめて、母の願いを聞いた。 そして、すぐに答えた。
「はい、お母様」


 それから三日間かけて、志津は兄がこつこつと作り貯めた道具や工夫を、丁寧に整理して陳列した。
 押し入れを調べている間に、大量の設計図や考案図も見つけた。 大部分は見たことがあったが、知らないものも多く、持ち出して父に調べてもらった。
 そのうちの何枚かに、父は舌を巻いた。
「これは凄いんじゃないか? わたしは機械には弱いんだが、この巻き上げ機などは役に立つんじゃないかと、素人ながら思うよ」
 興奮した父は、精密に描かれたその設計図を、次の出版社訪問のときに持っていって、知り合いに見せた。 すると、これは使えるから特許を取ったほうがいいと勧められ、さっそく手続きにかかった。
 兄ちゃんの考えた道具が、世に出る。 実用化されたら、使う人たちに兄ちゃんの名前が立派な発明家として知られるんだ。
 久しぶりに、志津は胸が躍った。 特許が取れたら、天国の兄はきっと喜んでくれる。 遺品を見るたびに襲ってくる悲しみも、もう二度と会えないという寂しさも、この快挙でいくらか薄らぎ、心が熱くなった。




 夏休みの後半は、例年のように子供たちと遊び、学校で課せられた実技の宿題を仕上げた。 器用で賢い兄の妹として、ちゃんとしなければという意識が強くなり、いつもよりずっと丁寧に作った。
 その年は、珍しく寛太郎とも何度か遊びに出た。 暑い中、釣りに付き合い、麦藁帽子を被って、寛太郎の弟の松治郎と三人で蝉採りにも出かけた。
 昔の親しみが戻ってきた夏だった。 寛太郎にしてみれば、兄弟を失った志津を慰めたかったのかもしれない。 ともかく、また気さくに話せる雰囲気が還ってきたのは、お互いに楽しかった。
 寛太郎は敦盛を忘れたように、一言も触れなかったし、志津も特に訊かなかった。 でもなぜか、また彼と会えるような気が、ずっとしていた。







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