表紙

 お志津 45 大人っぽく



 やがて五時近くになったので、寛太郎が慌て出した。
「そろそろ学校に戻らんと、風紀の先生に睨まれるな」
 志津は、急に暗くなってきた空を見上げた。
「そうだね。 なんだか夕立が降りそうだし」
「じゃ、行くか!」
 敦盛の掛け声を合図に、三人は足を速めた。


 学校の門が見えてくると、志津は急に寂しくなった。 久しぶりに男子とくったくなく話を交わすのが、とても楽しく懐かしかったのだ。
「今日は本当に、わざわざ来てくれてありがとう。 うちにいるときは、兄ちゃんとずっと話していたでしょう? だから」
 何の憂いもなかった日々が、わずかの間でも戻ってきたような気がして、志津は不覚にも喉を詰まらせた。
「俺達でよかったら、また来るよ」
 敦盛が気軽に請け合うのを聞いた寛太郎が、目を三角にした。
「なんで先に、そういうことを言うんだ」
「先でも後でもいいじゃないか」
 例によって、敦盛はこだわりがなかった。
「どうせ俺達は一組だ。 俺が大人で後見人ってことになってるんだろう?」
「おまえ、いいかげん老けてるもんな」
「いいから、また揃って来てくれる? いつでも歓迎だから」
 志津が間に入った。 見物が長引いて、二人とも疲れているせいで、少しぎすぎすしているのだと思った。


 門を入って、待っていた小杉米子教頭の前に立ったとき、時間は六時十五分前だった。
 小杉先生は、大いに歩いて楽しく気分転換したおかげて血色のよくなった志津の顔を、いかめしく眺めた。 そして、あけっぴろげな視線を返した敦盛と、どことなくよそよそしい寛太郎とを、順番に見た。
 それから表情をゆるめ、二人の男子に礼儀正しく挨拶した。
「ご足労をおかけしました」
「おかげさまで、よい一時〔ひととき〕を過ごさせてもらいました。 今後とも峰山くんをよろしくお願いします」
 敦盛は威厳を持って礼を言い、唖然とした寛太郎をうながして、踵〔きびす〕を返した。
 父親を見習ってか、挨拶が堂に入っている。 どう見ても二十歳過ぎの成人としか思えない。 志津は目をぱちくりさせた。


 声を立てずに笑いながら、迎えに来た馬車のほうへ行こうとしたとき、涙を拭った後で袂〔たもと〕に入れた敦盛のハンカチを思い出した。
 しまった、返すのを忘れた。
 急いで門まで後を追いかけたが、二人の姿は、もうどこにも見えなかった。







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