表紙

 お志津 43 下町の寺で



 二人が志津を連れていってくれたのは、故郷の慈承寺〔じしょうじ〕の本山にあたる、浅草の浅草寺〔せんそうじ〕だった。
 にぎやかで親しみ深い風情のある寺には、沢山の参拝客が詰めかけていた。 雷門からの表参道である仲見世には、土産物屋や食べ物屋がひしめき、そぞろ歩く人々を呼び込んでいる。 被布〔ひふ〕を着て別珍の足袋〔たび〕をはいた子供が、鼈甲飴〔べっこうあめ〕を片手に持ち、もう片手を祖母らしい人に引かれて、嬉しそうにはねながら、三人とすれちがった。
 なんとも愛らしい女の子だった。 子供好きの志津は幼児を見送って、思わず微笑んだ。
「かわいいね」
 目をぱちぱちさせて、敦盛が応じた。
「志津ちゃんに似てる」
 そういえば、確かに似ていた。 くりっとした眼や、形のいい口元が。 だから敦盛は、見たとおりを言っただけなのだが、そういう言葉を気軽に口に出せない寛太郎は、何となくむっとなった。
「お前よく、へらっと軽々しく世辞が使えるな」
 低い声で脅すように言うと、敦盛は眉を吊り上げたが、何も言い返さなかった。 ただ口元だけが、面白そうにぴくぴく動いた。
 一方、当の志津は、変化に富んだ回りの様子に気を取られて、男子たちの暗黙の小競り合いに気づいていなかった。
「立派な店だね。 全部煉瓦で」
「ここは東京の名所だから。 銀座と並んで人出が多いんだよ」
「観音様も喜んでおられるかな」
 幕末の戦いで焼け落ち、仮門のままの雷門を、志津は振り返って眺めた。
「でも、門を先に作ったほうがよかったのにね」
 寛太郎が首を振った。
「寺院建築は大変な手間がかかるんだ。 煉瓦でちょいちょいっと建てるのとは訳がちがう」
「ちょいちょいっといえば」
 敦盛がのんびりと口を挟んだ。
「後で浅草十二階(=凌雲閣)へ寄ってみないか? 上から町が一望できるよ」
「階段を山ほど登るんだぞ」
 寛太郎がうんざりした口調で言った。
「電気で動くはずの昇降機(=エレベーター)が、あっという間に故障したからな」
「話に聞いたことはあるけど」
 志津は、考え込みながら答えた。
「今日はゆっくりお寺参りをしたいから。 また今度連れてきてくれないかな」
 とたんに二人は張り切った。
「わかった! 五月にでも、また機会を作って」
「だが、どうやって連れ出す?」
 男子たちは顔を見合わせた。 女学校の規則は厳しい。 簡単に遊びに誘うことはできないのだ。
 少し歩いて、敦盛が名案を思いついた。
「妹を使おう」
「え? 綾野〔あやの〕ちゃんを?」
 寛太郎の声が小さくなった。 その様子を見て、敦盛は笑い出した。
「おい、そんなにびくつくことはなかろう。 綾野は鬼じゃないぞ。 お前を取って食ったりしない」
「しかし、あの子は……」
 言葉を濁したものの、寛太郎はどうにも納得のいかない顔つきだった。







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