表紙

 お志津 37 短い春休み



 春の兆しがあちこちに見えはじめた三月半ば、冬学期の授業が終わった。
 いっそう絆が固くなった生徒たちは、互いに手紙を書き合うと約束したり、贈り物を交換したりしていた。 家が近い者同士で、訪問を約束している場面もあった。
 志津は大勢の友や一部の先生にまで声をかけられ、別れを惜しんだ。 といっても、今度の休みもまた短く、四月の八日には戻ってくるのだったが。
 その合間に手早く荷物をまとめ、父が来てくれるのを楽しみにした。 例によって仕事の打ち合わせを兼ねて来るので、迎えは他の子たちより遅い夕方になる見込みだった。


 日が傾くにつれ、どんどん人が減っていって、校舎はがらんとなっていった。 歩き回ってもわびしいだけなので、志津は図書室に入り込み、一足早く春休みの課題に取りかかった。
 算術の宿題は、すでに終わっていた。 大倉先生の授業ですっかり計算というものを見直した志津が、どんどん一人で先に進めていたからだ。 わからないことは大倉に訊きに行くと、先生は今田のように面倒くさがるどころか、喜んで教えてくれた。
 だから図書室では、せっせと地理の調べ物をした。 住んでいる地域での名産品を調べよ、という問題以外は、豊富な資料がある学校のほうが便利なのだ。
 社会科もほとんど仕上げ、あとは名産品調べと、巾着袋を縫ってこいという裁縫だけが残った宿題になって、喜んで凝った肩をぐるぐる回していると、小使いの幸作〔こうさく〕おじさんが、ひょいと顔を覗かせた。
「お、峰山さん、ここにいたかね。 お父上が見えたよ」
「ありがとう、幸作さん」
 志津は太陽のような笑顔になると、荷物を引っつかむなり、部屋を出た。
「重そうだね。 持ってってあげようか」
「なんのこれしき。 おじさんもお休み楽しんでね」
「あいよ。 峰山さんも元気で」
 手を振り合ってから、志津は廊下を飛ぶように歩き出した。


 久しぶりに逢った父は活気にあふれていた。 家人もみな元気だという。
「お母様は二月に風邪を引いたが、もうすっかり直って、郡の珠江〔たまえ〕さんと一緒に踊りを習いはじめたよ」
「お兄様は?」
「ああ、定昌も元気だ。 今年は近所の子に凧を作ってやっていた。 よく上がる凧でね、皆がうちに頼みにやってきて、賑やかだったよ」
 よかった、お兄ちゃんも寂しくなかったんだ。
 ひょっとしたら、頼まれたあの紙は凧用だったのかも。 十枚と言われて、書き損じも考えに入れて倍の二十枚買っていったが、足りただろうか。
 志津は暖かい気持ちになり、父と共に駅までの人力車に乗った。




 故郷に帰ると、うれしい異変が待っていた。 山間の村に、ようやく電気が通ったのだ。
 それまでの明かりは、菜種油を使っていた。 前代とちがうのは、行灯〔あんどん〕や燭台がランプに変わったことぐらいだ。
 だから、パチンと切り替えただけで部屋が明るくなるのは、便利そのものだった。
「しゃれてる。 学校や商店みたいだ」
「なんだかんだで、よく止まるのよ」
 母の咲が、笑いながら言った。
「電線が風に揺られて切れるとか、酔っ払いが電信柱によじのぼって、パチパチッとなって落ちるとかでね」
「危ないね。 電気って小さな雷みたいなものでしょう? 当たったら死ぬかもしれないのに」
「伊平さんは命をとりとめたけれど、袖口が黒焦げになっていたそうよ」
 そう言って、咲はおびえた表情をしてみせた。







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