表紙

 お志津 33 久しぶりの



 結局、志津が寛太郎に逢えたのは、あと二日で休みが終わるというぎりぎりの時期だった。
 その日は朝から曇り空で、しかも雲はどんどん分厚くなってきていた。 小学校の恩師のところへ挨拶に行った帰りの志津は、雨が降り出す前に家へたどりつこうとして、早足になっていた。
 すると、四つ角を右から曲がってきた男が、突然視野に入った。 正月だというのに、よれよれの羊羹色〔ようかんいろ〕をした袴を穿き、すりきれた黒いマントを風になびかせて、素手を寒そうに懐につっこんでいた。
 お互いを認め合ったとたん、どちらも足が止まった。
「え? カンタロー?」
 相手は目をぱちぱちさせ、志津を上から下までじろじろ見た。
「誰かと思った」
 変わってない。 前よりボロい服装になっているが、カンタローは愛想のないカンタローのままだ。 うれしくなって、志津は小鳥のようにぴょんぴょんしながら、近づいて行った。
「おめでとう」
「なに? ああ、正月のことか」
「他に何かめでたいことでも?」
「あるわけなかろう。 年末、警吏〔けいり〕に引っ張られたのを知ってるだろう?」
「喧嘩に巻き込まれたんだって?」
 寛太郎の険しい顔が、少し穏やかになった。
「巻き込まれた、か。 確かにそうなんだが、親父にはこっぴどく怒られた。 まるで俺が首謀者のように」
 いくら甲斐介おじさんだって、そこまで考えてはいないだろう、と志津は思った。 カンタローは基本的に真面目で静かな性格で、自分からいたずらや悪事を企むようなことはなかった。
「おきゅうをすえておかないと、本当に悪くなったら困る、と思ってるだけだよ」
「わかっているような口ぶりだな」
「甲斐介おじさんの気持ちなら、少しはわかる。 うちに来たとき、父にぐちを言っていたもの」
「あーあ」
 寛太郎はくさった。
「何もかも筒抜けだな。 おかげで、入った檻はどんなだった? なんて、あちこちで言われて、うんざりだ」
「檻って……」
 志津はにやっとした。
「汚かった?」
「ああ。 誰かが吐いていやがった」
 志津はさりげなく尋ねてみた。
「他に、誰が捕まったの?」
「喧嘩始めた奴と、最初に加勢した奴」
「鈴鹿さんは?」
 志津をちらりと見てから、寛太郎は首を振った。
「いや、いなかった」
 やっぱり。
「じゃ、今度は捕まった友達を連れ帰っておいでよ」
「えぇ?」
 思わぬ方向に話が逸れたので、寛太郎は思わず、つぶれた制帽に手をやって笑い出した。
「乱暴者に逢いたいのか?」
「いいじゃない、元気があって。 警察も、学生の喧嘩なんて放っておけばいいのにね」
「いろいろと世情不安だからな。 あちこちの乱は収まったが、まだ若い者が集まっていると不安なんだろう」
 ひとごとのように言った後、寛太郎は気持ちを切り替えて、珍しく志津に笑顔を向けた。
「お宅に帰るところか?」
「うん」
「じゃ、おれも一緒に行って、叔父さん叔母さんに挨拶しよう」
「手を繋いで行く?」
 志津がわざと言うと、なんと寛太郎の顔が赤くなった。
「やめろバカ。 男女七歳にして……」
「席を同じうせず? もう明治の御世なのに」
 それに、村の連中はそんな戒律など守ったためしがない。 表向きはともかく、田舎の恋愛は以前からおおらかだった。








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