表紙

 お志津 32 若い男たち



 正月休みの間、志津は大忙しだった。 村の知り合いにあいさつ回りをして、遊び友達の子供たちに土産を配り、母親たちからお年玉を貰った。
 できるだけ家族と一緒にいるのも忘れなかった。 父は新作を書き出していて、街並みに詳しくなった志津を情報源にしていたし、母は母で、そろそろ嫁入り前の娘として家事や行儀一般の仕上げをしなければと張り切っていた。
 だが、志津が一番傍にいたいのは、何といっても兄の定昌だった。 兄はまた少し背が伸び、明らかに秋口より元気になって意欲が増していた。
 体が成長すれば、弱いところが直っていくかもしれない。 そう思うと、志津はわくわくした。 いつか兄と並んで、鎮守の森や銀ヶ池を散歩できる日が来る。 賢くて穏やかな兄は、きっと立派な家長になるだろう。
 その日が来たら、私にはもう責任がなくなるから、誰のところにでもお嫁に行けるな。
 ふとそう考えて、志津はぎくっと足を止めた。
 一人で廊下を歩いているときだったし、考えを口に出したわけでもない。 だが、気づくと顔がほてっていて、誰かに聞かれたような気がして周りを見回していた。


 ところで、志津の婚約者ということになっている郡寛太郎〔こおり ひろたろう〕は、なかなか姿を見せなかった。
 人づてに聞いた話では、旧年中に故郷へ戻れなかったらしい。 友達が師走の町で、酔って喧嘩に加わり、巻き込まれた寛太郎ともども留置所に放り込まれたなどという、ぶっそうな噂も流れていた。
 志津は大して気にしなかったが、母の咲は眉をひそめた。
「豪放なのはいいけれど、節度がなければ困ります。 酔って大暴れするなんて、匹夫〔ひっぷ〕の勇だわ」
「匹夫の勇?」
「やたら腕力を使って、いきがることだよ」
 そう父が教えてくれた。 志津はいぶかしがって、首をかしげた。
「カンタローは細いし、乱暴ではないと思うけど」
「人間、酔うと人が変わるものですよ」
 母はしかめっ面のままで言った。
 それでも志津は納得できなかった。 カンタローなら子供のときから知っている。 けっこう気は強いが、人を殴るような子ではない。 男の子だから取っ組み合いぐらいはするけれど、人に怪我をさせたりはしなかった。
 傍に鈴鹿さんはいなかったんだろうか。
 大きくて迫力のある鈴鹿敦盛がいれば、たとえ喧嘩沙汰になっても止めてくれただろう。
 志津は何となく、そう思った。


 結局、郡家の当主が年始訪問に来たのは、新年も四日になってからだった。
 玄関で迎えた父の義春に、年初めの挨拶をしてから、郡甲斐介〔こおり かいのすけ〕は薄くなりはじめた頭に手をやって、気まり悪そうに打明けた。
「もう耳に入っているかもしれないが、うちのバカ息子が本所〔ほんじょ〕で一騒動起こしてね」
「いや、元日に戻らなかったと聞いただけだ。 まあ入ってくれ。 こちらにも積もる話があるし」
「じゃ、遠慮なく」
 幼なじみの遠い親戚同士は、玄関の寒さよけに袖に手を入れて、話しながら客間に入って行った。


 そのころ、志津は離れにある兄の部屋にいて、油紙と竹ヒゴと針金で小さな気球を作るのを手伝っていた。
「兄ちゃん前よりも早く動けるようになったね」
 隙間がないよう、きちんと糊付けしながら、定昌は明るい微笑みを浮かべた。
「最近よく眠れるし、足も軽くなった。 でも、無理するなと口をすっぱくして言われてる。 体は釣り合いが大事だから、釣り合いを考えて動きなさいと、井上先生に」









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