表紙

 お志津 31 お土産三昧



 元山と車夫たちは、半時間ほど休んで再び帰路に着いた。 母の咲は、遠慮する本山にそっと謝礼を渡し、車夫たちにも心づけをはずんだ。
「もうじき新しい年ですからね。 餅代にでもしてください」
「こりゃ奥さん、ありがたいこって」
「本当に気を遣ってくださって恐縮です」
「兄に一筆書きましたので、よろしくお願いします」
「はい、必ずお渡ししますので、ご安心を」
「来年もうちのお転婆をよろしくと、お伝えくださいね」
「いえいえ、お転婆さんなどでは」
 元山は真顔で反論した。
「お嬢さんは闊達〔かったつ〕で心根のやさしい、いい方です」
 傍で聞いていた車夫も声を揃えた。
「本当ですぜ。 思いやりがあって、うちのかかあにも見習わせたいぐらいですよ」
 ただのお世辞とは思えない褒め言葉に、咲は頬を染めて喜んだ。
「まあ、あんまりおだてないでやってくださいまし。 調子に乗りますから」


 二時間後には、村の寄り合いに出ていた父も帰宅して、峰山本家は久しぶりに笑いと活気に包まれた。
 自分にあまりお金を使わない分、志津は余った小遣いで家族にいろんな土産を買ってきていた。
「お父様には礼文堂の新しい原稿用紙。 新発売で、ペンが引っかからないと評判なのですって。 国語の先生が教えてくださったの。
 こちらはお母様に。 香港から輸入した絹で、ほら、斜めに刺繍してあるでしょう? こんなに細かく一面に」
 上等な象牙色の絹には、毬遊びをしている童子の図が一寸(≒三センチ)ほどの幅で延々と、端から端まで刺繍されていた。 それが斜めに何列も繰り返されている。 気の遠くなるような作業だった。
「半襟にでも、いかが?」
 咲は溜息をつくばかりだった。
「これを縫うのに何ヶ月かかったことか。 鋏を入れるのがもったいないわ。 そうだ、少し大きいけれど風呂敷に使いましょう。 端をかがって。 こんな手のこんだ物を、どこで買ったの?」」
「これは買ったのではなくて、春美さんのお母様から頂いたの。 同級の米田春美さん。 お父様が香料の店をやっていらして、伽羅木のかけらも下さるというから、そちらはお金をお払いしました」
 そう言って、志津は小さな匂い袋を出してみせた。
「これもお母様に」
「いいのよ、あなたが取っておきなさい。 ありがとう」
 こうやって、まず両親を喜ばせてから、志津は兄と離れへ行き、特別に包んで持って帰った品物を並べた。
「鏝〔こて〕とハンダと、方眼紙と紙やすりと……紙やすりって、種類がいっぱいあるのね。 だからできるだけ色んなのを買ってきた」
「いい子だ」
 近くでは手に入らない工作道具を次々と手に取って、定昌は子供のように目を輝かせた。
「申し分ないよ。 お父様にも時々頼むんだが、忘れるだけじゃなく、全然違うものを買ってきてくれてね」
 志津は思わず噴きだした。 浮世離れした父は、頼まれごとをきちんと覚えておけず、それならばと紙に書いて渡すと、失くしてしまうのだった。
「悪気はないんだけれど、いろんな考えで頭が一杯だから」
「お父様が急に目覚めて、どんどん仕事をこなすようになったら、それはそれで気味が悪いかもしれないな」
 兄妹は顔を見合わせて、くすくす笑った。








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