表紙

 お志津 29 山での会話



 もうこの頃には、元山も志津の気性がわかってきていた。 それで自分も荷物を載せたまま降りて、並んで歩き始めた。
「上り坂がきつくなったから、あの人たちに楽させてやろうと思っているんでしょう?」
 そう小声で話しかけると、志津はとぼけて話題を変えた。
「お正月には元山さんもふるさとへ?」
「え? ええ、大晦日から五日間、お休みを頂きました」
「やっぱり故郷はいいですよね」
 下界は寒いだけだが、山の上はうっすら白くなっていた。 わずかな雪の上を仔馬のように元気にはねて、志津は満面の笑顔になった。
「この山には小さいときから来ています。 冬は雪滑りや薪拾い、夏は虫取りにいちじく採り、秋には柿や栗拾い!」
「ほう、姐〔ねえ〕さんはお姫〔ひい〕さんに見えるが、実は普通の童〔わらし〕なんかね?」
 車夫の一人が、頭に巻いた手ぬぐいを被り直しながら、不意に話しかけてきた。 無邪気な志津の様子に、好意を持ったようだった。
 志津もすぐ振り向いて、気楽に答えた。
「ええ、お転婆です。 しょっちゅう擦り傷をこしらえてました」
 もう一人の大柄な車夫が、しみじみと言った。
「うちの妹も、そりゃあやんちゃだった。 もう三年がとこ会ってねぇな。 今年ぐらい、故郷に帰ってやんべかな」
「そうしてやれ」
 仲間が相槌を打った。
「うちなんか、かかあとガキがうるさくてよ、たまにはブン投げちまいたいと思うけど、帰るとワッとまとわりついてくるのは、やっぱりいいもんだ」
「子はかすがいだよなぁ。 おいらもそろそろ所帯を持つかな」
「それがいい。 故郷の親に見つくろってもらえ。 気心の知れたかみさんは、楽だぞ」
 楽しそうに二人の掛け合いを聞いていた志津は、隣を歩く元山の額が次第に曇ってきたのに気づいた。
「すみません、付き合わせちゃって。 もうじき山のてっぺんで、すぐ下りに入りますから」
 夢から覚めたように、元山はぶるっと頭を振って顔を上げた。
「いや、そうじゃないんです。 歩くのは平気です。 ただ……」
 そこでひとしきりためらった後、本山は思い切って打明けた。
「お里で嫁さんを見つけるというのが、うらやましくて」
 まじめそうな横顔が、わずかに赤みを帯びた。
「幼なじみがいるんです。 そろそろ年頃なので、いつまで待っていてくれるか」
 志津は不意を打たれて、どきっとした。
 幼なじみの恋人……。 私とカンタローも、そうなのだろうか。 でもカンタローが結婚したがっている気配はない。 私が町の学校に入っても、連絡ひとつ取ってこないじゃないか。
 確かに私はまだ、年頃とは言えない子供だけど。
 複雑な思いで、志津は自分に大切な気持ちを打明けてくれた元山を見上げた。
「相手の親御さんに頼むのは、だめですか?」
 元山は目をしばたたき、優しい微笑を浮かべた。
「頼むといっても、こちらはまだ部屋住みの身ですから。 ただ確かに、黙っていては埒〔らち〕があきませんよね。 帰郷したら、挨拶に行ってきます」







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