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 お志津 27 旅の道連れ



 十二月の半ば、志津が世話になっている伯父の家に届いた沢山の歳暮の中に、池島家と牧家の品もあった。
「どちらも、とても喜んでいらっしゃるのよ。 志津ちゃんのおかげで通学が楽になったし、行き帰りが楽しいって」
 妻に手伝われて通勤の準備をしていた俊氏が、鞄に入れた書類を確かめた後、会話に加わった。
「ご両家とも、馬車の費用を折半してくれたしな。 いいと言うのに律儀な人たちだ」
 呼ばれて茶の間の座卓前に座っていた志津は、強引に馬車通学に誘い込んだ二人が家族ぐるみで喜んでいると聞いて、うれしかった。
「伯父様たちに断りもなく、私の一存でお誘いしてすみません」
「いいえ、責めてなんかいませんよ」
 貴代夫人が、びっくりして顔を上げた。
「確かに席が空いているのに、一人だけで乗っていくのはもったいないですものね。 ねえ、あなた?」
「その通りだ」
 合理的な俊氏は、面白がっているようだった。
「無駄をはぶいた分、仕送りも少なくてすむ。 わたしはむしろ、でかしたと思うよ」
 志津は安心して、笑顔になった。 俊氏は一見すると、謹厳な裁判官そのものだが、同じ家に暮らしていると、実は物分りがよく、面白い人柄だとわかってきていた。


 そしていよいよ、待ちかねた故郷への帰還の日がやってきた。
 終業式の後、志津は町の土産をたずさえ、書生の元山に荷物を持ってもらって、鉄道の駅に向かった。 実家から来るはずだった父が風邪を引いてしまい、俊氏が付き添いに元山をつけてくれたのだ。
 彼は非常にまじめな青年で、よく気がついて注意深く、護衛にはぴったりだった。 ただし、とても無口なため、道連れとしては少々退屈でもあった。
 それで志津は、車両内で知り合った行商人夫婦と話を交わすようになり、二人の子供の源太〔げんた〕と仲良くなった。 源太はまだ七つで、普通なら小学校に通わなければならない年だが、両親と旅しているため、まだ学校の門をくぐったことがないという。 それでも特に母親は、息子の将来を考えて、国語と算数の古本を買い与え、少しずつ勉強させていた。
 親たちは、算盤〔そろばん〕は得意だが、字に書かれた計算式はよくわからないとこぼしていた。 和算はできても、洋数字と記号に慣れていないのだ。
 それで、源太が鉛筆で書き入れた答えを、志津が検算してやった。 すると、繰り上がりをよく理解していないのがわかり、説明することになった。
「十にまとめるの。 ほら、手の指は十本あるでしょう?」
「うん」
「この指みたいに、合わせて十にすると、一つ上の段に行けるの。 
 源太ちゃん、指を四本折って」
 言われたとおり、源太は右手の指を折って小指を立てた。
「はい」
「左手は使わないから開いて。 さあ、立ってる指は、全部で何本?」
 源太は眉を寄せ、両手を代わる代わる見て数えた。
「六本」
「そう! 四本と六本で十本。 そうだよね?」
「うん」
「じゃ、ここに書いてある問いの『4+9=』の数え方。 
 まず四を折ります」
 少年はまじめくさって指を折った。
「それから九本折ります。 一、二、三」
 六まで行って、源太は途方にくれた。
「もう折れない」
「そう、そこまでで十本を全部使った。 だから10って書いておこうね。
 残りは、指を伸ばそう。 小指からね。 さあ、七、八、九。 指は何本立ってる?」
「三本」
「そうよね。 だから、10の下に、おまけの3。 十足す三は?」
「十三」
「ほら、できた!」
 一桁の数の足し算なら、これで必ず正解にたどりつく。 遊び感覚で、しばらく源太と指折り計算を楽しんでいると、子供は自然に補数の観念を身につけていき、旅の半ばには、いちいち指を使わずに答えを出せるようになっていた。







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