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 お志津 25 授業一日目



 授業が始まったのは、入学式の三日後だった。
 志津は再び、貸し馬車に揺られて行った。 晴れた朝で、幌はかけていない。 乗っている者が丸見えで、しかも服装ですぐ女学生とわかるらしく、道行く人の視線が痛いほどだった。
 のんきな志津でも、さすがに気詰まりを感じた。 女の子一人で悠々と馬車に乗るなんて、ぜいたくの極みと思われているのだろう。
 これは何とかしなければ。


 朝の七時台は通勤時間で、道は混んでいた。 授業は八時半からだが、その前に朝礼があるという。 八時には学校に着いていなければならない。 御者は慣れたもので、道を横断する人や、勢いよく通り過ぎる人力車などを上手によけて、七時五十分に校門まで送り届けてくれた。


 もう校庭には、学生たちが集まりはじめていた。 上級生の委員たちが、新入生に並ぶ場所を教えているので、志津もそちらへ急いだ。
「一組はここ。 二組は少し離れて、ここにね。 三組はその隣。 背丈の順で、二列縦隊に並んでください」
 少女たちは互いに背を比べあい、前だ後ろだと自主的に場所を決めていった。 志津はだいたい真中ぐらいに位置するようだった。
 新しく人が来るたびに並び替えながら、志津は同じ組だけでなく、両隣の子たちとも活発に話を交わし、どんどん知り合いを増やして行った。
「池島歌穂〔いけじま かほ〕さん? 通学生ですか? ええ、私もそうなの。 へえ、日暮里〔にっぽり〕にお住まい? 鉄道馬車で来たんですか? じゃ、帰りはうちの馬車でお送りするわ。 四人乗りなのに一人で乗って帰るの寂しいんですもの」
 なんとか貴代伯母の口調をまねて、志津は通学路付近に住む同学年生を二人見つけ、一緒に帰ろうとうまく丸めこんだ。


 朝礼は朝の訓示から始まり、最初は退屈であくびが出そうだった。
 だが学校の方針が心身の鍛練というだけあって、校長のお説教は数分で終わり、次に体操が始まった。 体を前に倒したり後ろに反ったり、腕を大きく振り回したりできるので、志津は張り切った。
 最後に上級生が何人か出てきて、模範演技を見せた。 薙刀〔なぎなた〕と弓、それに即席で人の似顔絵を描く術と、粘土で同じように短時間で人の顔を薄く盛り上げて作る技術だった。
「これはデッサンといいます。 消し炭で書き、パンくずで消します。 紙に鉛筆で書いて字消しで消すこともできます」
「こちらは浮き彫りです。 頭をまるごと作るのは力が要るし、粘土もたくさん必要ですけれど、こうやって鼻や目の形を取るだけなら少しですみます。 それに、気に入らなかったらいつでも壊してやり直せますし」
 これは何なんだろう、と志津が首をかしげていると、一学年上の列から、色白の綺麗な娘が首を伸ばして教えてくれた。
「課外活動の宣伝よ。 薙刀部と弓道部と絵画部、彫刻部。 やりたかったら、どの部に入ってもいいの」
 志津は目を輝かせた。
「ありがとうございます! それで、あの、先輩はどの部ですか?」
 娘は大粒の真珠のような歯を見せて笑い、自己紹介した。
「弓道部よ。 名前は国松弥生〔くにまつ やよい〕。 あなたは峰山志津さんね?」
 相手が名前を知っていたので、志津は驚いて目を見張った。
「はい、よくご存知で」
「あら、あなたは既に有名人よ。 入学式で、そりゃもう可愛くて元気だったんですってね」
 あれ。
 志津はちょっとうろたえた。 これは初日から張り切りすぎたかな、と反省した。


 だが、出しゃばっちゃったかもしれない、という心配は無用だった。 朝礼が終わって、いよいよ初授業のため教室に向かう廊下でも、志津は周りを新しい同級生ににぎやかに囲まれた上、何人かの上級生に挨拶され、部活動に誘われ、大人気だった。







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