表紙

 お志津 23 同級生たち



 帰りの馬車の中で、志津はうきうきしていた。
 組分けでは、志津は三組に入っていた。 その組の学生数は三五人。 一組が三一人で、二組は三四人とのことで、全部でぴったり百人だが、実は一組で入学辞退者が二人出ていると、先輩が教えてくれた。
「一人は、もっと派手な麗華学院に代わったんですって」
「麗華学院?」
 志津がきょとんとしていると、一緒に先輩の話を聞いていた宇都木香乃〔うつぎ かの〕という目のくりくりした娘が、袖を引っ張って教えてくれた。
「髪に大きなリボンをつけて、袴をできるだけ短くしてるのよ。 学校に社交舞踊部っていうのがあるらしいわ。 近くの大学生がお相手するという噂もあるの」
 二人にくっついて座っていた可愛らしい米田春美〔よねだ はるみ〕が、すっとんきょうな声を出した。
「あらまあ!」
 とたんに周りが笑いの渦になって、志津は目を丸くした。
 自分も噴きながら、香乃が教えてくれた。
「あらまあ、ってのは、いま巷〔ちまた〕の流行り言葉なの」
 なんか軽薄な響きのある言葉だ。 志津は苦笑いした。


 米田と宇都木は、ちゃきちゃきの都会っ子だった。 でも、世情にうとい志津を馬鹿にするようなところは少しもなかったし、志津のほうも自分の世間知らずを何とも思わず、物おじしなかった。
 だから三人は、自己紹介しあったとたんに、幼なじみのように親しくなった。 志津は二人や先輩たちの話を通じて、女学生というものが今の時代の先端を行っていること、だから世間の注目の的になり、何かと話題にされていることを知った。


 同い年の明るい子たちと話すのは、実に楽しかった。 だから帰り道で、志津は心から、俊伯父に感謝した。
「いい学校に入れてくださって、ありがとうございます」
「気に入ったかね。 それはよかった」
 俊氏も機嫌がよかった。 そして傍らの妻を振り返り、冗談交じりに言った。
「この人は月ケ池女学院にしたかったようだがね。 あそこは帝国大学に近いから」
「あら、だって」
 貴代夫人は志津にひょうきんな顔をしてみせた。
「未来の婿殿と顔合わせができるかもしれないじゃありませんか。 すれちがって、何かの花が咲くことも」
「いえ、私では」
と、志津はあわてて言った。
「振り向いてもらえませんから」
「え?」
「え?」
 夫妻の口から、異口同音に声が出た。
 それから二人は顔を見合わせた。
 上品な花模様の着物に、きりっとした海老茶袴、豊かで艶のある黒髪をなびかせた自分の印象的な姿に、この子は気づいていないのだろうか、と、内心首をかしげて。







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