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 お志津 22 飾らない式



 本館の左側に建てられた講堂も、新しい木造りだった。 渡り廊下で本館とつながっている他、外からも直接出入りできるようになっている。
 その扉が左右に広く開け放たれて、新入生と付き添いが中に入ると、新築特有の木材の香りが、さわやかに満ちていた。
  ずらりと並んだ椅子には、すでに在校生が腰を掛けていて、後輩たちが入ってくると一斉に立ち上がって拍手で迎えた。 親たちは少し驚いた様子だったが、子供たちは喜んで頬を染め、隣同士で顔を見合わせて笑顔になった。
 志津も胸が弾むのを感じた。 先輩たちを見れば、学校の雰囲気がわかる。 彼女たちは明るい目をしていて、楽しげな雰囲気をかもしだしていた。


 その後の儀式も、あまり形式ばっていなかった。 校長が短く歓迎の辞を述べ、学校の理事長だという小柄な紳士が、未来の日本を明るく照らす婦女子教育について、二分ほど語った後、在校生が校歌を歌い、国歌で締めくくった。
 楽隊がすべて女性で構成されているので、志津は興味津々で観察した。 大きなラッパまであって、とても上手だ。 あの楽隊も在校生がやっているなら、私も入ってあのラッパを吹いてみたい、と思った。


 式がとどこおりなく終わった後、なんとなく物足りない顔をしている親たちに、在校生がパンフレットを配った。 今後の授業予定と内容、休みの日付などが詳しく印刷してあり、感想などを書き込む欄もあった。
 最初に掲げられた標語に、俊氏は微笑しながら見入った。
「自由たれ。 ただし奔放にあらず。
闊達〔かったつ〕たれ。 ただし傲慢にあらず。
謙虚たれ。 ただし卑屈にあらず。
 ふむ、なかなかいい言葉だ」
 横から覗きこみながら、貴代夫人が尋ねた。
「努力せよ、とは書いてないんですか?」
「自分から学校に通う娘たちだ。 努力は当然するだろうと期待されているんだよ」
「志津ちゃんなら必ず頑張りますわ」
 貴代は確信を持って言い切った。
「それに、標語にもぴったりですし」
「そういえば、そうかもしれないね」
 自由にはちょっと奔放が加わりそうだが、と、俊氏は思ったが、口には出さなかった。


 戸外は、朝の晴れから薄曇に変わっていた。
 それでも雨が降る気配はなかったので、予定通りに校庭で歓談会が催され、熱いお茶と饅頭、それに学生たちが作ったというワッフルという洋菓子が供〔きょう〕されて、参列者たちはくつろいだ。
 その機会に、親たちは自己紹介をしあい、あちこちで新しい付き合いが始まっていた。 子供達は子供達で、気の合いそうな仲間を探して、はにかみながらもちらちらと見合っていた。
 各テーブルに軽食を運んでくる在校生も、少女たちの手助けになっていた。
「あなたは松堂三季子さん? それなら一組ね。 あちらの加藤たねさんも一組ですよ。 ちょっとお話してみたら?」
 そんな風にうまく誘って、食事会がお開きになるころには、同級同士の顔合わせがだいたい終わっていた。


 人見知りをしない志津は、声の届くところにいる新入生にみんな話しかけ、名前と顔を結びつけて覚えるのに忙しかった。
 この女学校は、いわゆる超一流ではない。 華族のお嬢様はまず入ってこないし、頭脳自慢の子もあまり来ないだろう。
 だが、 短くて要領を得た標語でわかるように、形式ばらないおおらかさと真面目さがあった。 あそこは素直でのびのびした娘が育つ、という評判を聞いて、俊氏が五つの候補から選んだのは、今日の式を見ても間違いではなさそうだった。








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