表紙

 お志津 21 白い女学校



 志津が世話になっている、母方の伯父にあたる山根家は、財産持ちだがぜいたくはせず、質実剛健を旨〔むね〕としていた。
 だから自宅には馬車を備えておらず、こういう正式なときには、馬車屋から借りて乗って行った。 後のハイヤーのようなものだ。
「街中で個人が馬を飼うのは、もうかわいそうだ。 充分に速駈けしてやれないから、運動不足になる」
「そうですね。 この辺りでもどんどん家が建って、人が増えていますものね。
 信吾と孝次郎がが大きな犬を欲しいと言っているんですが、大型の犬は声も大きいでしょう? ご近所迷惑になるんじゃないかと、心配なんですよ」
 馬車が迎えに来るまでの間、正装した夫妻は客間の安楽椅子に座って、なごやかに話を交わしていた。
 長椅子にちょこんと腰掛けた志津は、二人の話をおとなしく聞いていた。 やはり最初の登校日ということで、緊張感があって、日頃ほど呑気にかまえていられなかった。
「でも、小さすぎて番犬にもならないようなのは、わたしとしては好ましくないな。 ほら、居留地の異国婦人が引いている、うるさい綿菓子のような小犬では」
 うるさい綿菓子、という言い方に、志津はクスッと笑った。 ここへ来てから三日目、貴代夫人の気遣いで学校までの道筋を案内してもらったときに、幌なしの四人乗り馬車で行く外国人を見た。 シルクハットを被った男性二人と、ひらひらした服を着た女性二人が乗っていて、年長の女性の膝には巻き毛の白い小犬が、黒いボタンのような目を光らせて、おとなしく座っていた。 きちんと腰を落とした犬の姿は、まるて白い毛皮で作った人形のようだった。
「やはり柴や秋田犬がいいですわね。 石上〔いしがみ〕さんが散歩させてくれるでしょうし」
「ああ、彼は生き物が好きだからね」
「じゃ、私はよくわかりませんから、あなたが買ってきてくださると助かります」
 貴代夫人はすかさずそう言って、夫に下駄を預けた。 俊氏は苦笑いを浮かべ、顎を撫でながら思いを巡らせた。
「確か宇賀原〔うがはら〕検事のところで、夏に犬が仔を産んだと思う。 まだ残っていたら譲り受けてもいいな」
 とたんに夫人が身を乗り出した。
「まあ、何犬ですの?」
「柴犬だ。 番い〔つがい〕で飼っているから素性は確かだ」
「それはぜひ頂きたいわ」
 二人が盛り上がっているところへ、書生の加藤が入ってきて、馬車の到着を告げた。


 外はまさに、もみじの美しい頃合いだった。
 清徳女学館が白ペンキを塗った木造二階建てなので、様々な色合いに染まった木々によく似合い、正門からの眺めは、さながら一幅の絵のように見えた。
 広い前庭には次々と乗り物が入ってきた。 様々な馬車のほか、人力車もずらりと並んだ。 鉄道馬車を利用して、駅から歩いてくる人々もいる。 新入生は百人前後と聞いていたが、親や付き添いがいるので、人々が立て込んで、間もなくとても賑やかになった。
 定刻少し前になって、建物の玄関に二人の女性が現われ、背が高くて威厳のある方が朗々とした声で挨拶した。
「清徳へようこそお入りくださいました。 私が校長の丹波文枝〔たんば ふみえ〕、こちらが教頭の小杉米子〔こすぎ よねこ〕でございます。
 これから式を催しますので、皆様あちらにある講堂へお入り下さい。 小杉と佐倉〔さくら〕がご案内させていただきます」
  







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